尚書 / 無逸
小人怨汝詈汝。則皇自敬德
新字:小人怨汝詈汝。則皇自敬徳
書き下し
小人汝を怨み汝を詈らば、則ち皇に自ら德を敬しめ。
現代語訳
民があなたを怨み罵ったならば、むしろ大いに自ら徳を慎み正すべきである。
解説
人から恨まれたり罵られたりしたとき、まず自分の言動を省みよと説く一句である。批判を受けると、人はとかく相手の非を数え、反発したくなるものだが、それでは何も変わらない。むしろそうした声を、自分の振る舞いを点検する機会として受け止めれば、見えていなかった落ち度に気づけることがある。批判にどう応じるかは、自分の器量が試される場面でもあり、反発の代わりに省みる一拍を置く価値は大きい。
この章句が説くこと
内省批判自己修養
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