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葉隠 / 聞書第一

浪人しても上を怨むな、我が非を知らねば歸參出來ぬなり。浪人の身にて、上を怨み候事。何某浪人内實に非を知りて崩す。前方仰付御斷り、二度目に御請誓詞の事。同筋にて浪人の事。斯樣の我が非を存ぜざる間は、歸參有るまじき事。今にも御情無きの、誰がにくい者などと計り、胸をこがし候て、猶天道の惡みを受くるなり。何某の評判に、御罰よと申されたるとなり。人がのがれぬなり。罪一人に有りと思ひ返され候へ。

新字:浪人しても上を怨むな、我が非を知らねば歸参出来ぬなり。浪人の身にて、上を怨み候事。何某浪人内実に非を知りて崩す。前方仰付御断り、二度目に御請誓詞の事。同筋にて浪人の事。斯様の我が非を存ぜざる間は、歸参有るまじき事。今にも御情無きの、誰がにくい者などと計り、胸をこがし候て、猶天道の悪みを受くるなり。何某の評判に、御罰よと申されたるとなり。人がのがれぬなり。罪一人に有りと思ひ返され候へ。

書き下し

浪人しても上(かみ)を怨(うら)むな、我が非を知らねば帰参(きさん)出来ぬなり。浪人の身にて、上を怨み候事〔あり〕。何某(なにがし)浪人、内実(ないじつ)に非を知りて崩す。前方(ぜんぽう)仰付(おおせつけ)御断(おことわ)り、二度目に御請誓詞(おうけせいし)の事。同筋(どうすじ)にて浪人の事。斯様(かよう)の我が非を存ぜざる間(あいだ)は、帰参有るまじき事。今にも御情(おなさけ)無きの、誰がにくい者などと計(ばか)り、胸をこがし候て、なお天道(てんとう)の悪(にく)みを受くるなり。何某の評判に、御罰(おばち)よと申されたるとなり。人がのがれぬなり。罪一人に有りと思い返され候え。

現代語訳

浪人の身に落ちても、主君や上の者を怨んではならない。自分の非を自覚しない限り、再び召し抱えられて帰参することはできないのだ。浪人の身の上で上を怨む者がいる。ある者は浪人したが、内心では自分の非を悟って身を持ち崩した。(以前、召し出しの命を一度断り、二度目に誓詞を差し出して請けたこと、同じ筋で浪人したことなどの経緯がある。)このように自分の非を自覚しないうちは、帰参などかなうはずがない。それなのに、今すぐにでも「上は情け知らずだ」「誰それが憎い」などとばかり思って胸を焦がしていると、いよいよ天の道理に憎まれることになる。ある者の評判について「あれは天罰だ」と言われたという。人は天道から逃れられない。罪は自分ひとりにあると思い返しなさい。

解説

不遇に陥ったとき、原因を外に求めて怨むな、自分の非を見つめよ、と説く一条です。浪人(失職)は武士にとって深刻な境遇ですが、常朝は「上を怨むな」と諭します。自分の落ち度を自覚しない限り再び召し抱えられることはなく、「情け知らずだ」「あいつが憎い」と外を責めて胸を焦がすほど、かえって天の道理に見放される、というのです。責任を他者や境遇に転嫁する心が、事態をさらに悪くすると見抜いています。「罪は自分ひとりにあると思い返せ」という結びは、自責の勧めであると同時に、自分で変えられる部分に目を向けよという実践的助言でもあります。現代でも、挫折の原因を環境や他人のせいにするうちは、次の一歩は開けません。逆境でこそ内省に向かう姿勢を教える言葉です。

この章句が説くこと

内省自責逆境他責の戒め天道帰参

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