呂氏春秋 / 壅塞③
齊攻宋,宋王使人候齊寇之所至。使者還,曰:「齊寇近矣,國人恐矣。」左右皆謂宋王曰:「此所謂肉自至蟲者也。以宋之強,齊兵之弱,惡能如此?」宋王因怒而詘殺之。又使人往視齊寇,使者報如前,宋王又怒詘殺之。如此者三。其後又使人往視:齊寇近矣,國人恐矣。使者遇其兄。曰:「國危甚矣,若將安適?」其弟曰:為王視齊寇,不意其近,而國人恐如此也。今又私患鄉之先視齊寇者,皆以寇之近也報而死。今也報其情,死;不報其情,又恐死;將若何?」其兄曰:「如報其情,有且先夫死者死,先夫亡者亡。」於是報於王曰:「殊不知齊寇之所在。國人甚安。」王大喜。左右皆曰:「鄉之死者宜矣。」王多賜之金。寇至,王自投車上馳而走,此人得以富於他國。夫登山而視牛若羊,視羊若豚。牛之性不若羊,羊之性不若豚,所自視之勢過也,而因怒於牛羊之小也,此狂夫之大者。狂而以行賞罰,此戴氏之所以絕也。
新字:斉攻宋,宋王使人候斉寇之所至。使者還,曰:「斉寇近矣,国人恐矣。」左右皆謂宋王曰:「此所謂肉自至虫者也。以宋之強,斉兵之弱,悪能如此?」宋王因怒而詘殺之。又使人往視斉寇,使者報如前,宋王又怒詘殺之。如此者三。其後又使人往視:斉寇近矣,国人恐矣。使者遇其兄。曰:「国危甚矣,若将安適?」其弟曰:為王視斉寇,不意其近,而国人恐如此也。今又私患郷之先視斉寇者,皆以寇之近也報而死。今也報其情,死;不報其情,又恐死;将若何?」其兄曰:「如報其情,有且先夫死者死,先夫亡者亡。」於是報於王曰:「殊不知斉寇之所在。国人甚安。」王大喜。左右皆曰:「郷之死者宜矣。」王多賜之金。寇至,王自投車上馳而走,此人得以富於他国。夫登山而視牛若羊,視羊若豚。牛之性不若羊,羊之性不若豚,所自視之勢過也,而因怒於牛羊之小也,此狂夫之大者。狂而以行賞罰,此戴氏之所以絶也。
書き下し
齊、宋を攻む。宋王、人をして齊寇の至る所を候わしむ。使者還り曰く、「齊の寇近し、國人恐る。」左右皆宋王に謂いて曰く、「此れ所謂肉自ら蟲を生ずる者なり。宋の強き、齊の兵の弱きを以て、惡くんぞ能く此の如くならん。」宋王因りて怒りて之を詘殺す。又人をして往きて齊の寇を視しむ。使者の報ずること前の如し。宋王又怒りて之を詘殺す。此の如き者三たび。其の後又人をして往きて視しむ。齊の寇近く、國人恐る。使者、其の兄に遇う。曰く、「國危きこと甚だし。若將に安に適かんとする。」其の弟曰く、「王の為に齊の寇を視る。意わざりき、其の近くして、國人の恐るること此の如くならんとは。今又私かに患う、鄉の先づ齊の寇を視し者、皆寇の近きことを以てして、報じて死せり。今、其の情を報ずれば死し、其の情を報ぜずんば又恐らくは死せん。將た若何せん。」其の兄曰く、「如し其の情を報ずれば、有た且に夫の死せる者に先だちて死せん。夫の亡ぐる者に先だちて亡げよ。」是に於て王に報じて曰く、「殊に齊の寇の在る所を知らず。國人甚だ安んず。」王大いに喜ぶ。左右皆曰く、「鄉の死せし者は宜なり。」王多く之に金を賜う。寇至りて、王自ら車上に投じて馳せて走る。此の人以て他國に富むを得たり。夫れ山に登りて牛を視れば羊の若く、羊を視れば豚の如し。牛の性は羊の若からず、羊の性は豚の若からず。自ら視る所の勢い過つなり。而して因りて牛羊の小なるを怒る。此れ狂夫の大なる者なり。狂にして以て賞罰を行うは、此れ戴氏の絕えし所以なり。
現代語訳
斉が宋を攻めた。宋王は人を遣わして斉軍がどこまで来たかを偵察させた。使者が帰って「斉軍は近くまで来ており、国民は恐れています」と言った。側近たちは皆宋王に言った。「これはいわゆる肉が自ら虫を生じさせるという類の、ありもしない害を招く戯言です。宋の強さと斉軍の弱さからして、どうしてこんなことが起こりましょう。」宋王はそこで怒って使者を無実の罪で殺した。また人を遣わして斉軍を偵察させた。使者の報告は前と同じだった。宋王はまた怒って無実の罪で殺した。このようなことが三度あった。その後また人を遣わして偵察させた。斉軍は近く、国民は恐れていた。使者は自分の兄に出会った。兄は「国はひどく危ういぞ。お前はどこへ行こうとしているのか」と言った。弟は言った。「王のために斉軍を偵察するのです。まさか斉軍がこんなに近くまで来て、国民がこれほど恐れているとは思いませんでした。今また密かに心配なのは、先に斉軍を偵察した者が、皆敵が近いと報告して殺されたことです。今、真実を報告すれば死に、真実を報告しなければまた恐らく死ぬでしょう。どうしたらよいでしょう。」兄は言った。「もし真実を報告するなら、斉に殺される者に先んじて王に殺され、逃げる者に先んじて逃げることになる。」そこで弟は王に報告して言った。「斉軍がどこにいるのか、まったく分かりません。国民はとても安らかです。」王は大いに喜んだ。側近たちは皆「先に殺された者どもは当然だ」と言った。王は多くの金を彼に与えた。敵が到来すると、王は自ら車に飛び乗って馳せ逃げ、この人は褒美の金で他国で富むことができた。そもそも山に登って牛を見れば羊のように、羊を見れば豚のように小さく見える。牛の性質は羊に劣らず、羊の性質は豚に劣らない。自分が見る位置の条件が判断を誤らせるのだ。それなのに牛や羊が小さいと怒る。これは狂人の中でも甚だしい者だ。狂ったまま賞罰を行うのは、これが戴氏すなわち宋の君の血統が絶えた理由である。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『呻吟語』外篇・治道・餘懼と餘望人を罰するに盡くは其の罪を數へずんば、則ち餘懼有り。人を賞するに盡くは其の功を數へずんば、則ち餘望有り。
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『韓非子』用人第二十七罪は甲に生じて、禍は乙に帰すれば、伏怨乃ち結ぶ。故に至治の国は、賞罰有りて喜怒無し、故に聖人極まる。
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『武治提要』賞罰・第4段賞罰を嚴重にするは、たとへば活潑のけやけき藥を飮がごとし、的中するときは大利あり、的中せざるときは大害あり。故に吾に得る處あらずして、人の糟粕を咬て、以て嚴重をなすべからず。然れども嚴重を以てせざるときは、戰國にあつて國を廣し、兵を强して、社稷を全することを得べからず。武將の勤力此間にあり。賞物亦三等あり。言を以て賞し、物を以て賞し、地を以て賞すこれ也。一等各上中下を具す。故に賞物亦九等たり。地を以てするは功の上なり、物を以てするはこれに次、言を以てするは又これに次り。凡武將剛臆褒貶の言辭は、平日の政令にして、武俗を化するの本なり。其かゝる處甚重し。夫人々の好惡、其趣意同しからざるを以て、毀譽の批判必ず同じからず。これを一決すること、武將の批判にあり。
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司馬法・嚴位若し将に復た戦わんとすれば、則ち賞罰を重くす。
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『潜夫論』正列旧時、京師は動功を防がず、禁を造りて以来、吉祥応瑞、子孫昌熾なること、前に過ぐる能わず。且つ夫れ君を以て臣を畏れ、上を以て下を需むれば、則ち必ず弱きを示して陵がれを取らん、殆ど福を致すの招きに非ざるなり。嘗て上記を観るに、人君の身修まり正しく賞罰明らかなる者は、国治まりて民安し。民安楽なれば、天悦喜して曆数を増す。故に『書』に曰く、「王は小民を以て、天の永命を受く」と。孔子曰く、「天の助くる所の者は、順なり。人の助くる所の者は、信なり」と。信を履みて順を思い、又以て賢を尚ぶ、是を以て天より之を祐け、吉にして利しからざる無し、此れ最も凶災を却けて福善を致すの本なり。
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『重職心得箇条』第九条刑賞与奪の権は、人主のものにして、大臣是れ預かるべきなり。倒(さかし)まに有司に授くべからず。斯くの如き大事に至っては、厳敷(きびし)く透間あるべからず。

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