呂氏春秋 / 壅塞②
秦繆公時,戎彊大,秦繆公遺之女樂二八與良宰焉。戎王大喜,以其故,數飲食,日夜不休。左右有言秦寇之至者,因扞弓而射之。秦寇果至,戎王醉而臥於樽下,卒生縛而擒之。未擒則不可知,已擒則又不知。雖善說者猶若此,何哉?
新字:秦繆公時,戎彊大,秦繆公遺之女楽二八与良宰焉。戎王大喜,以其故,数飲食,日夜不休。左右有言秦寇之至者,因扞弓而射之。秦寇果至,戎王酔而臥於樽下,卒生縛而擒之。未擒則不可知,已擒則又不知。雖善説者猶若此,何哉?
書き下し
秦の繆公の時、戎、彊大なり。秦の繆公、之に女樂二八と良宰とを遺る。戎王大いに喜び、其の故を以て、數々飲食し、日夜休まず。左右に秦の寇の至らんことを言う者有り、因りて弓を扞きて之を射る。秦の寇果して至る。戎王醉いて樽下に臥す。卒に生縛して之を擒にせり。未だ擒にせられざれば、則ち知る可からず。已に擒にせらるれば、則ち又知らず。善く說く者と雖も、猶ほ此を若何せん。
現代語訳
秦の繆公の時、戎という西方の異民族が強大であった。秦の繆公は戎王に女性の楽団十六人と優れた料理人を贈った。戎王は大いに喜び、そのために度々酒宴を開き、昼も夜も休まなかった。側近に秦の軍が攻めて来ると告げる者があると、戎王は弓を引いてこれを射た。秦の軍が果たして攻めて来た。戎王は酔って酒樽の下に臥していた。ついに生け捕りにされて捕虜となった。まだ捕らえられていないうちは危険を悟ることができず、すでに捕らえられてしまえば、また悟ってもどうにもならない。よく説く者であってもこの有様なのは、なぜだろうか。
解説
秦の繆公は戎王に女性の楽団と料理人を贈り、享楽に溺れさせます。戎王は連日の宴に耽り、秦軍来襲を告げる側近を射殺してまで忠告を退けました。結果、酔いつぶれたところを生け捕りにされます。危機が迫るうちは警告を信じず、捕らわれてからでは手遅れという、壅塞の典型が描かれています。現代でも、都合の悪い情報を握りつぶし、警告者を罰する組織や個人は、静かに近づく危機に気づけません。快適さに溺れて耳をふさぐのではなく、悪い知らせほど真剣に受け止める姿勢が、身を守る鍵だと教えてくれます。
この章句が説くこと
秦の繆公戎王女楽警告黙殺壅塞油断
関連する章句
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呂氏春秋・不苟③秦の繆公、戎の由余を見て、說びて之を留めんと欲す。由余肯ぜず。繆公以て蹇叔に告ぐ。蹇叔曰く、「君以て內史廖に告げよ。」內史廖對えて曰く、「戎人は五音と五味とに達せず。君、之を遺るに若かず。」繆公、女樂二八人と良宰とを以て之に遺る。戎王喜び、迷惑大亂し、酒を飲み、晝夜休まず。由余驟々諫むれども聽かず。因りて怒りて繆公に歸すなり。蹇叔、內史廖の為す所を為す能わざるに非ざるなり。其れ義として行わざるなり。繆公能く人臣をして時に其の正義を立てしむ。故に殽の恥を雪ぎ、而して西のかた河雍に至れるなり。
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史記 秦本紀鄭人に鄭を秦に売る者有りて曰く、「我其の城門を主る、鄭襲ふ可し」と。繆公蹇叔・百里傒に問ふ、対へて曰く、「数国を径て千里にして人を襲ふは、利を得る者希なり。且つ人鄭を売る、庸ぞ我が国人の我が情を以て鄭に告ぐる者有らざるを知らんや。不可なり」と。繆公曰く、「子知らざるなり、吾已に決せり」と。遂に兵を発す。晉の襄公秦兵を殽に遮り、之を撃ちて、大いに秦軍を破り、一人も脱するを得る者無し。
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『長短経』昏智〔戎王、由余をして秦を観しむ。秦の穆公、由余の賢聖なるを以て、内史廖に問いて曰く「孤聞く、隣国に聖人有るは、敵国の憂いなり、と。今、由余は寡人の害なり。将に奈何せん」と。内史廖曰く「戎王は僻匿に処り、未だ嘗て中国の声を聞かず。君試みに其の女楽を遺りて、以て其の志を奪い、由余の為に請いて、以て其の間を疎んぜよ。留めて遣らず、以て其の期を失わしめよ。戎王之を怪しみ、必ず由余を疑わん。且つ戎王楽を好まば、必ず政に怠らん」と。繆公曰く「善し」と。女楽二八を以て戎王に遺る。戎王受けて之を悦び、年を終うるまで遷らず。由余諫むるも、聴かれず。繆公人をして間に由余を要えしむ。由余遂に秦に降る。
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呂氏春秋・壅塞①亡國の主は、以て直言す可からず。以て直言す可からざれば、則ち過、道りて聞く無く、而して善、自りて至ること無し。自りて至ること無ければ、則ち壅がる。
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説苑・反質秦の穆公閑にして、由余に問いて曰く、「古の明王聖帝、國を得國を失うは當に何を以てするか?」由余曰く、「臣之を聞く、當に儉を以て之を得、奢を以て之を失う。」穆公曰く、「願わくは奢儉の節を聞かん。」由余曰く、「臣聞く堯天下を有つに、土簋に飯し、土鈃に啜す、其の地南は交趾に至り、北は幽都に至り、東西は日の出入する所に至り、賓服せざる莫し。堯天下を釋き、舜之を受け、食器を作為し、木を斬りて之を裁ち、銅鐵を銷し、其の刃を脩め、猶お之を漆黑にして以て器と為す。諸侯侈國の服せざる者十有三。舜天下を釋きて禹之を受け、祭器を作為し、其の外を漆して朱もて其の內を畫き、繒帛もて茵褥と為し、觴勺彩有り、飾を為すこと彌よ侈にして、國の服せざる者三十有二。夏后氏以て沒し、殷周之を受け、大器を作為し、九傲を建て、食器彫琢し、觴勺刻鏤し、四壁四帷、茵席彫文す、此れ彌よ侈にして、國の服せざる者五十有二。君文章を好めば、服する者彌よ侈す、故に儉は其の道なりと曰う。」由余出づるや、穆公內史廖を召して之に告げて曰く、「寡人鄰國に聖人有るを聞く、敵國の憂いなり。今由余は聖人なり、寡人之を患う。吾將に奈何せんとする?」內史廖曰く、「夫れ戎は辟にして遼遠なり、未だ中國の聲を聞かざるなり、君其れ之に女樂を遺りて以て其の政を亂し、而して厚く由余の為に期を請いて、以て其の間を疏んぜよ、彼君臣間有らば、然る後圖るべし。」君曰く、「諾。」と。乃ち女樂三九を以て戎王に遺り、因りて由余の為に期を請う。戎王果たして女樂を具えて之を好み、酒を設け樂を聽き、終年遷らず、馬牛羊半ば死す。由余歸りて諫むるも、諫聽かれず、遂に去りて、秦に入る、穆公迎えて拜して上卿と為す。其の兵勢と其の地利とを問い、既已に得れば、兵を舉げて之を伐ち、國十二を兼ね、地千里を開く。穆公奢主なるも、能く賢を聽き諫を納るる、故に西戎に霸たり。西戎は樂に淫し、利に誘われ、以て其の國を亡ぼす、質樸を離るるに由るなり。
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『韓非子』十過第十由余出づ、公乃ち内史廖を召して之に告げて曰く、「寡人聞く、隣国に聖人有るは、敵国の憂ひなりと。今由余は、聖人なり、寡人之を患ふ、吾将に奈何せん」と。内史廖曰く、「臣聞く、戎王の居は、僻陋にして道遠く、未だ中国の声を聞かず。君其れ之に女楽を遺り、以て其の政を乱し、而る後に由余の為に朝を請ひ、以て其の諫めを疏んぜしめよ。彼君臣間有りて而る後に図るべきなり」と。君曰く、「諾」と。乃ち内史廖をして女楽二八を以て戎王に遺らしめ、因りて由余の為に期を請ふ。

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