呂氏春秋 / 不廣②
北方有獸,名曰蹶,鼠前而兔後,趨則跲,走則顛,常為蛩蛩距虛取甘草以與之。蹶有患害也,蛩蛩距虛必負而走。此以其所能託其所不能。
新字:北方有獣,名曰蹶,鼠前而兔後,趨則跲,走則顛,常為蛩蛩距虚取甘草以与之。蹶有患害也,蛩蛩距虚必負而走。此以其所能託其所不能。
書き下し
北方に獸有り。名づけて蹶と曰う。鼠前にして兔後、趨れば則ち跲き、走れば則ち顛る。常に蛩蛩・距虚の為に、甘草を取りて以て之に與う。蹶に患害有れば、蛩蛩・距虚必ず負いて走る。此れ其の能くする所を以てし、其の能くせざる所を託するなり。
現代語訳
北方に獣がいて、蹶という。前足が鼠のように短く後足が兎のように長いので、小走りにするとつまずき、走ろうとすると転んでしまう。そこで蹶はいつも蛩蛩と距虚という獣のために甘草を取ってきて与えている。蹶に危害が迫ると、蛩蛩と距虚は必ず蹶を背負って走って逃げる。これは自分にできること(草を集めること)は自分でし、自分にできないこと(速く走ること)は他者に託す、ということである。
解説
前段の「できることを行い、できないことを託す」を、蹶という架空の獣の寓話で示します。要点は、走るのが不得手な蹶が、得意の採餌で蛩蛩・距虚を養い、危険時にはその俊足に運んでもらうという、持ちつ持たれつの分業関係にあります。それぞれの長所を出し合い短所を補い合う協力の理想像です。個で完結しようとせず、互いの得意を交換して弱点を補い合うという発想は、専門を分担し協働で成果を上げる現代のチームや組織、あるいは相互扶助の関係づくりにそのまま通じる、素朴で普遍的な知恵といえます。
この章句が説くこと
不広蹶蛩蛩距虚分業相互扶助適材適所
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