論衡 / 『論衡』對作篇第八十四・虚妄を正すための論衡
故虛妄之語不黜、則華文不見息;華文放流、則實事不見用。故《論衡》者、所以銓輕重之言、立真偽之平、非苟調文飾辭、為奇偉之觀也。
新字:故虚妄之語不黜、則華文不見息;華文放流、則実事不見用。故《論衡》者、所以銓軽重之言、立真偽之平、非苟調文飾辞、為奇偉之観也。
書き下し
故に虚妄の語、黜けざれば、則ち華文は息むを見ず。華文放流すれば、則ち実事は用いらるるを見ず。故に論衡なる者は、軽重の言を銓り、真偽の平を立つる所以にして、苟くも文を調え辞を飾り、奇偉の観を為すに非ざるなり。
現代語訳
そのため、でたらめな言葉を退けなければ、飾った文章はやみません。飾った文章が世にあふれれば、実のある事柄は用いられません。ですから『論衡』とは、言葉の軽重を量り、真偽の釣り合いを立てるためのものであって、かりそめに文を整え言葉を飾り、風変わりで立派な見栄えを作るためのものではありません。
解説
対作篇は、『論衡』を書いた動機を王充自身が述べる篇です。題の論衡は、衡をはかりと見立て、言葉の軽重を量り真偽の釣り合いを取るという意味合いの命名でした。ここでは、虚妄の言葉と飾った文章が実事を押しのけていくという危機感が語られます。企業でも、見栄えの良い資料や耳ざわりのよい話が、地味でも確かな事実より先に通ってしまうことがあります。何を根拠にしているのかを秤にかける。その地道な確認が、判断の質を守ります。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
虚妄華文実事論衡真偽はかり
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