論衡 / 『論衡』自然篇第五十四・曹参と汲黯、無為で治まる
曹參為漢相、縱酒歌樂、不聽政治、其子諫之、笞之二百。當時天下無擾亂之變。淮陽鑄偽錢、吏不能禁、汲黯為太守、不坏一爐、不刑一人、高枕安臥、而淮陽政清。夫曹參為相若不為相、汲黯為太守若郡無人。然而漢朝無事、淮陽刑錯者、參德優而黯威重也。計天之威德、孰與曹參、汲黯?而謂天與王政隨而譴告之、是謂天德不若曹參厚、而威不若汲黯重也。
新字:曹参為漢相、縦酒歌楽、不聴政治、其子諫之、笞之二百。当時天下無擾乱之変。淮陽鋳偽銭、吏不能禁、汲黯為太守、不坏一炉、不刑一人、高枕安臥、而淮陽政清。夫曹参為相若不為相、汲黯為太守若郡無人。然而漢朝無事、淮陽刑錯者、参徳優而黯威重也。計天之威徳、孰与曹参、汲黯?而謂天与王政随而譴告之、是謂天徳不若曹参厚、而威不若汲黯重也。
書き下し
曹参は漢の相と為るに、酒を縦にし歌楽し、政治を聴かず、其の子之を諫むれば、之を笞うつこと二百。当時天下に擾乱の変無し。淮陽に偽銭を鋳る者ありて、吏は禁ずる能わず、汲黯太守と為りては、一炉も壊さず、一人も刑せず、枕を高くして安臥して、淮陽の政清し。夫れ曹参の相と為るは相と為らざるが若く、汲黯の太守と為るは郡に人無きが若し。然れども漢朝は事無く、淮陽は刑措けるは、参の徳優にして黯の威重きなり。天の威徳を計るに、曹参・汲黯と孰与れぞ。而るに天は王政と与に隨いて之を譴告すると謂うは、是れ天の徳は曹参の厚きに若かず、威は汲黯の重きに若かずと謂うなり。
現代語訳
曹参は漢の宰相になると、酒を好きなだけ飲んで歌い楽しみ、政治の話を聞こうとせず、その子が諫めると、二百回むち打ちました。それでも当時、天下に乱れる異変は起こりませんでした。淮陽では偽の銭を鋳造する者がいて、役人も取り締まれずにいましたが、汲黯が太守になると、炉ひとつも壊さず、ひとりも罰せず、枕を高くして寝ていただけで、淮陽の政治は清らかになりました。曹参は宰相でありながら宰相でないようであり、汲黯は太守でありながら郡に人がいないようでした。それでも漢の朝廷は無事で、淮陽では刑罰が用いられなくなったのは、曹参の徳がすぐれ、汲黯の威厳が重かったからです。天の威と徳は、曹参や汲黯と比べてどうでしょうか。それなのに、天が君主の政治に応じて戒めを与えるというのは、天の徳は曹参ほど厚くなく、威は汲黯ほど重くないと言うようなものです。
解説

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