論衡 / 『論衡』是應篇第五十二・太平の褒め言葉は事実を盛る
言男女不相干、市价不相欺、可也;言其異路、無二价、褒之也。太平之時、豈更為男女各作道哉?不更作道、一路而行、安得異乎?太平之時、無商人則可;如有、必求便利以為業。買物安肯不求賤、賣貨安肯不求貴!有求貴賤之心、必有二价之語。此皆有其事而褒增過其實也。
新字:言男女不相干、市价不相欺、可也;言其異路、無二价、褒之也。太平之時、豈更為男女各作道哉?不更作道、一路而行、安得異乎?太平之時、無商人則可;如有、必求便利以為業。買物安肯不求賤、売貨安肯不求貴!有求貴賤之心、必有二价之語。此皆有其事而褒增過其実也。
書き下し
男女の相い干さず、市价の相い欺かざるを言うは可なり。其の路を異にし、二价無しと言うは、之を褒むるなり。太平の時、豈に更に男女の為に各おの道を作らんや。更に道を作らず、一路にして行かば、安んぞ異なるを得んや。太平の時、商人無くんば則ち可なり。如し有らば、必ず便利を求めて以て業と為す。物を買うに安んぞ賤きを求めざるを肯んぜん。貨を売るに安んぞ貴きを求めざるを肯んぜん。貴賤を求むるの心有らば、必ず二价の語有り。此れ皆其の事有りて、褒め増して其の実に過ぐるなり。
現代語訳
男女が互いに踏み込まない、市場の値段が互いに欺き合わないと言うのなら、それでよいでしょう。しかし、男女が道を別にし、値段に二つの顔がないと言うのは、褒めすぎです。太平の世だからといって、男女それぞれのために道をわざわざ作り分けるでしょうか。新しく道を作らず、一本の道を行くのなら、どうして別々にできるでしょうか。太平の世に商人がいなければそれでもよいのですが、もしいれば、必ず利益と便利を求めて仕事にします。物を買うのに安く買いたいと思わない人がいるでしょうか。売るのに高く売りたいと思わない人がいるでしょうか。高い安いを求める心がある以上、必ず二つの値段を言う場面が出てきます。これらはどれも、もとになる事実はあるのに、褒めて盛り、実際を超えているのです。
解説

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
関連する章句
-
論衡・『論衡』宣漢篇第五十七・民が安んじていれば太平百姓安んずる者は、太平の験なり。夫れ人を治むるは人を以て主と為す。百姓安んずれば陰陽和し、陰陽和すれば万物育ち、万物育てば奇瑞出ず。今の天下を視るに、安きか、危きか。安ければ則ち平らかなり。瑞未だ具わらずと雖も、平らかなるに害無し。
-
論衡・『論衡』治期篇第五十三・衣食が足りて礼節が生まれる譲は余り有るに生じ、争いは足らざるに起こる。谷足り食多ければ、礼義の心生じ、礼豊かに義重ければ、平安の基立つ。故に飢歳の春は親戚にも食わせず、穣歳の秋は四隣をも召す。親戚に食わせざるは悪行なり。四隣を召すは善義なり。善悪の行いを為すは、人の質性に在らずして、歳の飢穣に在り。
-
論衡・『論衡』幸偶篇第五・賞罰は巡り合わせで分かれる凡そ人の操行に賢有り愚有り、禍福に遭うに及びて、幸有り不幸有り。事を挙ぐるに是有り非有り、賞罰に触るるに及びて、偶有り不偶有り。時を并せて兵に遭うも、隠るる者は中らず。日を同じくして霜を被るも、蔽わるる者は傷つかず。中り傷つくは未だ必ずしも悪ならず、隠れ蔽わるるは未だ必ずしも善ならず。隠れ蔽わるるは幸にして、中り傷つくは不幸なり。俱に忠を納れんと欲して、或いは賞せられ或いは罰せられ、并せて益有らんと欲して、或いは信ぜられ或いは疑わる。賞せられて信ぜらるる者は未だ必ずしも真ならず、罰せられて疑わるる者は未だ必ずしも偽ならず。賞せられ信ぜらるるは偶にして、罰せられ疑わるるは不偶なり。
-
『十善法語』巻第五・不綺語戒商賈ノ中ニモ其道其楽ハアルベキシヤ。天地万物ヲ生スル。山海ニ其別アリ。風土ニ随テ互ニ有無多少アルシヤ。百工ノ器物ヲ造ルニモ。各其土地ニ随ヒ。其作業ニ随テ。種種差別ス。互ニ交易セザレハ其用塞ルシヤ。古ニ神農氏日中為市致ニ天下之民。聚天下之貨。交易而退トアル。是ニ由テ知レ。交易モ聖賢ノ道ナルベキジヤ。地気上テ雲霧トナル。雨露降テ草木生育ス。目足相助ケ。左右相救フ。古ニ日月相推而明生焉ト云。寒暑相推而歳成焉ト云。万事ミナカクノ如ク。万物ミナカクノ如クジヤ。此交易シテ有無ヲ通スル。其道ノアルベキジヤ。
-
論衡・『論衡』寒溫篇第四十一・通説を事実に照らす六国の時、秦・漢の際、諸侯相伐ち、兵革道に満つ。国に相攻むるの怒り有り、将に相勝つの志有り、夫に相殺すの気有るも、当時の天下は未だ必ずしも常に寒からざるなり。太平の世、唐・虞の時、政は得られて民安んじ、人君は常に喜び、弦歌鼓舞は屋を比べて有るも、当時の天下は未だ必ずしも常に温かからざるなり。豈に喜怒の気は小に発して、大には動かざるや。何ぞ其の行事と相中得ざるや。
-
論衡・『論衡』答佞篇第三十三・佞人は譽めて人を危うくする問うて曰く、佞人は好んで人を毀る、諸れ有りや。曰く、佞人は人を毀らず。如し人を毀らば、是れ讒人なり。何となれば則ち、佞人は利を求む、故に人を毀らず。苟くも己に利あらば、曷為れぞ之を毀らん。苟くも己に利あらざれば、之を毀るも益無し。計を以て便を求め、数を以て利を取り、利あらば則ち便ち得。人を妒みて事を共にし、然る後に人を危うくす。其の人を危うくするや毀るに非ず、其の人を害するや泊するに非ず。誉めて之を危うくす、故に人知らず。厚くして之を害す、故に人疑わず。是の故に佞人は危うくして怨まれず、人の敗を害して仇とされず。情を隠し意を匿すを、之が功と為す。如し人を毀らば、人も亦た之を毀り、衆は親しまず、士は附かず、安んぞ能く世に容れられて利を上に取るを得ん。