十善法語 / 巻第五・不綺語戒
商賈ノ中ニモ其道其樂ハアルベキシヤ。天地萬物ヲ生スル。山海ニ其別アリ。風土ニ隨テ互ニ有無多少アルシヤ。百工ノ器物ヲ造ルニモ。各其土地ニ隨ヒ。其作業ニ隨テ。種種差別ス。互ニ交易セザレハ其用塞ルシヤ。古ニ神農氏日中爲市致ニ天下之民。聚天下之貨。交易而退トアル。是ニ由テ知レ。交易モ聖賢ノ道ナルベキジヤ。地氣上テ雲霧トナル。雨露降テ草木生育ス。目足相助ケ。左右相救フ。古ニ日月相推而明生焉ト云。寒暑相推而歲成焉ト云。萬事ミナカクノ如ク。萬物ミナカクノ如クジヤ。此交易シテ有無ヲ通スル。其道ノアルベキジヤ。
新字:商賈ノ中ニモ其道其楽ハアルベキシヤ。天地万物ヲ生スル。山海ニ其別アリ。風土ニ随テ互ニ有無多少アルシヤ。百工ノ器物ヲ造ルニモ。各其土地ニ随ヒ。其作業ニ随テ。種種差別ス。互ニ交易セザレハ其用塞ルシヤ。古ニ神農氏日中為市致ニ天下之民。聚天下之貨。交易而退トアル。是ニ由テ知レ。交易モ聖賢ノ道ナルベキジヤ。地気上テ雲霧トナル。雨露降テ草木生育ス。目足相助ケ。左右相救フ。古ニ日月相推而明生焉ト云。寒暑相推而歳成焉ト云。万事ミナカクノ如ク。万物ミナカクノ如クジヤ。此交易シテ有無ヲ通スル。其道ノアルベキジヤ。
書き下し
商賈ノ中ニモ其道其楽ハアルベキシヤ。天地万物ヲ生スル。山海ニ其別アリ。風土ニ随テ互ニ有無多少アルシヤ。百工ノ器物ヲ造ルニモ。各其土地ニ随ヒ。其作業ニ随テ。種種差別ス。互ニ交易セザレハ其用塞ルシヤ。古ニ神農氏日中為市致ニ天下之民。聚天下之貨。交易而退トアル。是ニ由テ知レ。交易モ聖賢ノ道ナルベキジヤ。地気上テ雲霧トナル。雨露降テ草木生育ス。目足相助ケ。左右相救フ。古ニ日月相推而明生焉ト云。寒暑相推而歳成焉ト云。万事ミナカクノ如ク。万物ミナカクノ如クジヤ。此交易シテ有無ヲ通スル。其道ノアルベキジヤ。
現代語訳
商人の中にもその道とその楽しみはあるはずである。天地が万物を生ずるのに、山と海にその別があり、風土に従って互いに有る無し多い少ないがあるのである。百工が器物を造るにも、それぞれその土地に従い、その作業に従って、さまざまに違いがある。互いに交易しなければその用はふさがるのである。古に、神農氏が日中に市を開き、天下の民を集め、天下の財貨を集め、交易して帰らせた、とある。これによって知りなさい。交易も聖賢の道であるはずである。地の気が上って雲や霧となり、雨露が降って草木が生育する。目と足が助け合い、左と右が救い合う。古に、日と月が推し移って明るさが生じ、寒さと暑さが推し移って一年が成る、と言う。万事みなこのようであり、万物みなこのようである。この交易して有る無しを通じ合うことに、その道があるはずである。
解説
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『十善法語』巻第五・不綺語戒ヨク交易スル者ハ。財利善根ト共ニ成スル。上君ニ事ル。父母ニ事フル。下妻子眷属ノ恵ミ。子孫ノ教導。ミナ此中ニ立ルシヤ。大人言ヲ寄ス。僕従奔走ス。時ニ当テハ枯骨ニ皮肉ヲ生スル。大抵如法ニ得。如法ニ積テ如法ニ用レハ。商賈タル者ノ天命全キシヤ。四分ノ一ヲ貯ヘ守ルハ。仏説ノアル処シヤ。支那ニ陶朱公カ越ニ功ヲ成シテ。ソノ位ニ居ラス。斉ニ往キ。陶ニ住テ。家ニ万金ヲ累ネ。隣里郷党ヲ賑ハス。聖教ノ中ニハ。鼠金長者カ亡父ノ命ヲ守テ家ヲ興ス。円満長者カ兄ノ家ヲ富シテ。後出家セシ。須達長者善生長者ノ類財ヲ以テ無上道ノ基本トナス。ミナ面白カルベキコトシヤ。此財アツテ此楽アルハ。糸竹管絃ノ及トコロ。狂言綺語ノ及トコロニハアルマシキシヤ。
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『十善法語』巻第五・不綺語戒大凡天地ハ至公ナルモノシヤ。四時日夜ハ至公ナルモノシヤ。万物モ悉ク至公ナルモノシヤ。人或ハ私有テ天地ニ戻リ。万物ヲ害シ。自ラ福分ヲ減少スルシヤ。今ニシテ云ハ。五穀モ十七種ノ穀モ人趣福分ノ任持セル所ニテ。其種子朽敗セヌシヤ。春耕シ夏耘リ。自ラ力ヲ労シテ成就ヲ天ニ任ス。其作業自ラ天ノ道ヲ楽ムト云ヘキシヤ。時至テ種子ヲ下ス。時至テ成熟ヲ得ル。此等時ノ至公ニ順ス。孔子モ時ナラザル。食セストアル。地ノ宜ヲ察シテ植ル。コレ地ノ至公ニ順ス。古ニ江南ノ橘江北ノ枳トナルトアル。面白キコトシヤ。
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『十善法語』巻第五・不綺語戒工匠ノ道モ面白カルヘキコトシヤ。総シテ此手足アレハ此労アルベク。此意アレハ此思慮アルベシ。安逸ハ反テ道ニ背ク。道ニ背ケハ苦ヲ生スル。上一人ヨリ下士庶人ニ至マテ。各其作業アルコト。譬ヘハ天地ノ物ヲ生スルニ。一草一木ニ至マテ悉ク其用アルガ如クシヤ。因縁アツテ其家家ノ業ヲ継ク。先祖已来ノ所作ニ心ヲ用ヒ身ヲ労スル。其中ニ其楽アルヘク。道モ其中ニ顕ルベシ。
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『十善法語』巻第五・不綺語戒百姓農人ハ明君ノ重ンスル所デ。是カ国ノ本シヤ。古ヨリ農人ノ栄衰ハ治乱ニ関ル。農人窮スレハ田野関ケス。田野関ケサレハ人ミナ本ヲ棄テテ末ヲ逐フ。人末ヲ逐ヘハ利欲ノ心深シ。利欲深ケレハ道ヲ失フ。此ヲ乱ノ階ト云ヘキシヤ。神農氏カ自ラ耕ヲ教ル。后稷カ四時ニ順シテ百穀ヲ種ル等。此農業ハ自ラ天地生育ノ趣ニ順スル。其跡ヨリ此ヲ見ハ。天地ヲ助テ万物ヲ生育スト云モ可ナリシヤ。
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『塩鉄論』力耕篇大夫曰く、京師より東西南北、山川を歷て、郡國を經るに、諸々の殷富なる大都は、街衢五通、商賈の湊まる所、萬物の殖する所に非ざる無し。故に聖人は天の時に因り、智者は地の財に因り、上士は諸を人に取り、中士は其の形を勞す。長沮・桀溺には、百金の積み無く、跖蹻の徒には、猗頓の富無し。宛・周・齊・魯は、商天下に遍し。故に乃ち商賈の富は、或いは萬金を累ぬ、利を追い羨に乘ずるの致す所なり。國を富ますに何ぞ必ずしも本農を用いん、民を足すに何ぞ必ずしも井田ならんや。
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『十善法語』巻第五・不綺語戒天竺国ハ四大姓アル中ニ。刹帝利婆羅門ニ次テ毘舎ト云。毗舎トハ商賈ノ称シヤ。此者輸陀ヨリ上ニ居スルジヤ。輸陀ト云ハ農人ノ称ジヤ。此商賈ノ農家ヨリ上ナルハ。其作業殺生少ク。智巧芸術ヲ務ルニ由ルト云コトジヤ。勿論商売ハ財利ヲ本トス。誤レハ其ココロ野鄙ニ落ル故。支那国ニテモ我邦ニテモ農ヨリ下ニ置ク。此ニ由テ商賈ハ其心得ノアルベキコトジヤ。凡ソ乱世ニハ。誤レハ武ニ誇テ其徳ヲ失フ。治世ニハ誤レハ財利ニ瀆レテ其道ヲ失フ。大人有志ノ心ヲ用ヒネハナラヌ処シヤ。