論衡 / 『論衡』答佞篇第三十三・権を用いる者の目的を見る
賢者有權、佞者有權。賢者之有權、後有應。佞人之有權、亦反經、後有惡。故賢人之權、為事為國;佞人之權、為身為家。觀其所權、賢佞可論。察其發動、邪正可名。
新字:賢者有権、佞者有権。賢者之有権、後有応。佞人之有権、亦反経、後有悪。故賢人之権、為事為国;佞人之権、為身為家。観其所権、賢佞可論。察其発動、邪正可名。
書き下し
賢者に権有り、佞者にも権有り。賢者の権有るは、後に応有り。佞人の権有るも、亦た経に反し、後に悪有り。故に賢人の権は、事の為、国の為なり。佞人の権は、身の為、家の為なり。其の権する所を観れば、賢佞は論ずべし。其の発動を察すれば、邪正は名づくべし。
現代語訳
賢者にも臨機応変の工夫があり、へつらう者にも臨機応変の工夫があります。賢者の工夫は、後に良い応えがあります。へつらう者の工夫は、同じく常道に背きますが、後に悪い結果があります。だから、賢者の臨機応変は、仕事のため、国のためです。へつらう者の臨機応変は、自分のため、一家のためです。何のために臨機応変を使ったのかを見れば、賢者かへつらう者かを論じられます。動き出したところを見れば、よこしまか正しいかを名指しできます。
解説
この箇所は、臨機応変に動く点では賢者も佞人も同じだと認めたうえで、違いは目的にあると示します。賢者は事や国のため、佞人は我が身と一家のために動くという区別です。結果だけでなく動機を見ようとする視点は、人物評価の古典的な考え方です。現代の組織でも、柔軟な対応や例外の判断は、誰のため、何のためになされたかで評価が分かれます。規則を曲げる判断が現場の利益のためなのか、自分の保身のためなのか。目的を問うことが、人を見る目を鍛えます。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
権変賢者佞人動機目的常道
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