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論語と算盤 / 教育と情誼・其罪果して孰れに在りや

師弟間の関係をして、情誼を厚くし、相親しむの念慮を強くあらせたいと思ふ、地方の学校に於ては何うか知らぬが、私が聞及ぶ東京の中辺の学校に於ては、頗る此の師弟の関係が薄い、殆んど師と弟子とが、悪い例を言はうならば、寄席に出る落語を聴きに往つた多数の聴衆の如く見受けられる、あの人の講義は面白くないとか、あの人は時間が長いとか、甚しきは悪い癖を見付けて、之を批評すると聞及ぶ、尤も昔とても師弟の間の情愛が総て密だとは言へぬけれども、試みに孔子は三千の弟子があつた、是等が皆能く顔を知り、皆能く談話した人ではあるまい、併し其中で六芸に通ずるものが七十二人あつた、是等の人々は常に孔子と談話して居つたやうに見える、七十三人は全く孔子の人格に感化されたやうに見える、斯の如き師弟を例として論ずるも余り過当であらうが、また今日の支那を見ると、左まで模範ともされない、併し今日の支那が悪いからとて、孔子の徳が変遷する訳はない、

書き下し

師弟間の関係をして、情誼を厚くし、相親しむの念慮を強くあらせたいと思う。地方の学校においてはどうか知らぬが、私が聞き及ぶ東京の中辺の学校においては、すこぶるこの師弟の関係が薄い。ほとんど師と弟子とが、悪い例を言おうならば、寄席に出る落語を聴きに行った多数の聴衆のごとく見受けられる。あの人の講義は面白くないとか、あの人は時間が長いとか、甚だしきは悪い癖を見付けて、これを批評すると聞き及ぶ。もっとも昔とても師弟の間の情愛がすべて密だとは言えぬけれども、試みに孔子は三千の弟子があった。これらが皆よく顔を知り、皆よく談話した人ではあるまい。しかしその中で六芸に通ずるものが七十二人あった。これらの人々は常に孔子と談話しておったように見える。七十三人は全く孔子の人格に感化されたように見える。かくのごとき師弟を例として論ずるもあまり過当であろうが、また今日の支那を見ると、さまで模範ともされない。しかし今日の支那が悪いからとて、孔子の徳が変遷する訳はない。

現代語訳

師弟の関係において、情誼を厚くし、互いに親しむ気持ちを強くさせたいと思う。地方の学校ではどうか知らないが、私が聞き及ぶ東京の中等程度の学校では、この師弟の関係がひどく薄い。悪い例を挙げるなら、師と弟子とが、寄席に出る落語を聴きに行った大勢の聴衆のように見受けられる。あの人の講義は面白くないとか、あの人は時間が長いとか、ひどい場合には悪い癖を見つけてそれを批評すると聞く。もっとも昔でも師弟の情愛がすべて濃やかだったとは言えないが、試みに言えば、孔子には三千人の弟子があった。これらがみな孔子とよく顔を知り合い、よく話をした人ではあるまい。しかしその中に六芸に通じた者が七十二人いた。これらの人々は常に孔子と語り合っていたように見える。その七十三人(原文のまま)は、まったく孔子の人格に感化されたように見える。このような師弟を例に論じるのはいささか行き過ぎであろうし、また今日の中国を見ると、それほど模範にもされていない。しかし今日の中国が悪いからといって、孔子の徳が変わるわけはない。

解説

章「其罪果して孰れに在りや」の冒頭である。渋沢は、東京の学校で師弟の関係が薄れ、生徒が教師を寄席の落語家のように品評している風潮を嘆く。講義が面白くない、時間が長い、癖がおかしい、と。そこで孔子の門を引き合いに出す。『史記』孔子世家は、弟子三千人のうち六芸(礼・楽・射・御・書・数)に通じた者が七十二人いたと伝える。三千人全員と親しかったわけではないが、中核の弟子は孔子の人格に深く感化された。渋沢はさらに、今の中国の状態をもって孔子の値打ちを下げる必要はないと断る。清末から民国初めの混乱を見て、中国の古典まで軽んじる空気が当時の日本にあったからだろう。人は講義の中身より先に、教える者の人格に感化される。部下や後輩を育てる立場の人に向けた問いが、この段にはすでに含まれている。

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