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論語と算盤 / 教育と情誼・其罪果して孰れに在りや

近世佐藤一斎といふ人も、能く弟子を感化せしめた、また広瀬淡窓も同様である、私の知つてるのは漢学の先生だけだけれども、師弟と云ふ関係が、昔風では一身を抽んでて親むといふのである、

書き下し

近世佐藤一斎という人も、よく弟子を感化せしめた。また広瀬淡窓も同様である。私の知ってるのは漢学の先生だけだけれども、師弟という関係が、昔風では一身を抽んでて親しむというのである。

現代語訳

近世では佐藤一斎という人も、よく弟子を感化した。広瀬淡窓もまた同様である。私が知っているのは漢学の先生だけであるが、師弟という関係は、昔風に言えば、我が身を人並み以上に投げ出して親しむというものであった。

解説

短い一段だが、渋沢の挙げる名には意味がある。佐藤一斎は昌平坂学問所の儒官で、『言志四録』を著し、門下から佐久間象山や渡辺崋山らが出た。広瀬淡窓は豊後日田に私塾咸宜園を開き、身分を問わず多くの門人を育てた。一方は幕府の官学の頂点、一方は地方の私塾であり、場所や格式を問わず師の人格が弟子を動かした例として並べられている。渋沢は「私の知つてるのは漢学の先生だけ」と自分の見聞の範囲を断ったうえで、昔の師弟関係を「一身を抽んでて親む」と言い表す。教える側も学ぶ側も身を乗り出して向き合う関係である。知識の受け渡しだけなら書物で足りる。人が人から学ぶ意味は、この身を乗り出す関係の中にある、というのが渋沢の言いたいところである。

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