論語と算盤 / 実業と士道・摸倣時代に別れよ
度々識者が力説する通り、我が国民の思想には忌むべき弊習がある、それは即ち外国品偏重の悪風である、外国品だからとて別段排斥する必要がないやうに、之を偏重するの余り内地品を卑下する理由もない筈である、然るに舶来品といへば総て優秀なものばかりとの観念が、深く国民の上下に普及して居るのは誠に慨嘆に堪へない、尤も日本の文明は最近の発達で、而かも欧米諸国からの移植に負ふ所が頗る多いために、曾ては欧化主義の流行に苦しみ、今も猶ほその余弊として、此の舶来品愛重の勢をなして居ること〻思はれる、けれども
新字:度々識者が力説する通り、我が国民の思想には忌むべき弊習がある、それは即ち外国品偏重の悪風である、外国品だからとて別段排斥する必要がないやうに、之を偏重するの余り内地品を卑下する理由もない筈である、然るに舶来品といへば総て優秀なものばかりとの観念が、深く国民の上下に普及して居るのは誠に慨嘆に堪へない、尤も日本の文明は最近の発達で、而かも欧米諸国からの移植に負ふ所が頗る多いために、曽ては欧化主義の流行に苦しみ、今も猶ほその余弊として、此の舶来品愛重の勢をなして居ること〻思はれる、けれども
書き下し
たびたび識者が力説する通り、我が国民の思想には忌むべき弊習がある。それはすなわち外国品偏重の悪風である。外国品だからとて別段排斥する必要がないように、これを偏重するのあまり内地品を卑下する理由もないはずである。しかるに舶来品といえばすべて優秀なものばかりとの観念が、深く国民の上下に普及しているのは誠に慨嘆に堪えない。もっとも日本の文明は最近の発達で、しかも欧米諸国からの移植に負う所がすこぶる多いために、かつては欧化主義の流行に苦しみ、今もなおその余弊として、この舶来品愛重の勢いをなしていることと思われる。けれども
現代語訳
たびたび識者が力説しているとおり、我が国民の考え方には忌むべき悪い習わしがある。それはつまり外国品をひいきにしすぎる悪い風潮である。外国品だからといって特に排斥する必要がないのと同じく、それをひいきにするあまり国産品を見下す理由もないはずである。それなのに、舶来品といえばすべて優れたものばかりだという観念が、国民の上から下まで深く行き渡っているのは、まことに嘆かわしくてならない。もっとも、日本の文明は最近になって発達したもので、しかも欧米諸国から移し植えたものに負うところが非常に多いため、かつては欧化主義の流行に苦しみ、今もなおその名残として、この舶来品を愛好する勢いが続いているのだと思われる。けれども
解説
関連する章句
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『論語と算盤』実業と士道・摸倣時代に別れよ維新以来早くも半世紀になろうとする今日、かつまた東洋の盟主、世界の一等国をもって任じている今日の日本国たるもの、いつまで欧米心酔の夢を見ているのであろう。いつまで自国軽蔑の不見識をあえてするつもりであろう。実に意気地のない話である。外国のレッテルが貼ってあるからこの石鹸は良いぞと威かされたり、外国品だからこのウイスキーを飲まなければ、時勢後れの人間に見られると怖れるようで、それで独立国の権威と大国民の襟度がどうして保たれて行かれよう。私は実に国民の大自覚を望むのである。我々は今日ただ今、心酔の時代と袂別せねばならぬ。模倣の時代から去って、自発自得の域に入らねばならぬ。
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『論語と算盤』実業と士道・摸倣時代に別れよ最後に当局者に一言して置きたい事は、奨励は大いにこれを努めねばならぬが、不自然不相応の奨励を行えばついに無理ができる。親切なやり方もかえって不親切な結果となり、保護したつもりが干渉束縛となる。ことに商品の試験および紹介をする際には、私利私情を離れて一に邦家のためを念い、公平と親切とを忘れざらん事を切望して置く。さらにまた日本品使用の機運が動いたのを奇貨として、つまらぬ物を粗製濫造し、忠良なる国民を欺瞞し、一時の私腹を肥やさんと試むる商売人もあろう。このごときもまた国産の発達を阻害すること尠少でないから、相警めてかかる不逞漢の輩出を防がねばならぬのである。
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『論語と算盤』実業と士道・果して誰の責任ぞ維新以来物質的文明が急激なる発達をなしたるに反し、道徳の進歩がそれに伴わなかったので、世人はこの不釣合の現象に著しく注目して、商業道徳退歩というのであるとして見れば、仁義道徳の修養に心を用い、物質的進歩と互角の地位に進ませるが目下の急務には相違ないが、一面から考察して見ると、単に外国の風習ばかりを見て、直ちにこれを我が国に応用せんとすれば、あるいは不可能を免れぬこともある。
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『論語と算盤』人格と修養・商業に国境なしまた一方には日本から米国に移住している人々については、欧米の習慣に慣れぬために公徳が修まらぬとか、あるいは風采が鄙劣だとか、あるいは同化しないとかいうような欠点があれば、その欠点は相ともに矯正して、努めて直させるようにして、米国人に嫌われぬ所の人間たらしむることを心掛けるのが肝要である。今日の場合、人種とか宗教とかの相違から、日本人を嫌うというようなことは、文明なる米国人としてよもあるまいと思う。もしこれありとすれば、それは米国人の誤謬である。
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『論語と算盤』実業と士道・果して誰の責任ぞ国異なれば道義の観念もまた自ずと異なるものであるから、仔細にその社会の組織風習に鑑み、祖先以来の素養慣習に考え、その国、その社会に適応する所の道徳観念の養成を努めなければならぬものである。一例を挙げれば、「父召せば諾なし、君命じて召せば駕を待たずして行く」とは、すなわち日本人が君父に対する道徳観念である。父が召せば声に応じて起ち、君が命じて召すことあれば、場合を問わずして直ちに自ら赴くとは、古来日本人士の間に自然的に養成されたる一種の習慣性である。しかるにこれを個人本位の西洋主義に比較すれば、その軒輊は非常なもので、西洋人の最も尊重する個人の約束も、君父の前には犠牲としてあえて顧みぬでもよいということになる。日本人は忠君愛国の念に富んだ国民であると称揚される傍から、個人間の約束を尊重せぬとの誹謗を受けるのも、要するにその国固有の習慣性が然らしめたので、我と彼ではその重んずる所のものに差違がある。
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『論語と算盤』理想と迷信・斯の如き矛盾を根絶すべし一体文明とはいかなる意義のものであるか、要するに今日の世界はまだ文明の足らないのであると思う。かく考えると、私は今日の世界に介在して将来我が国家をいかなる風に進行すべきか、また我々はいかに覚悟してよいか、やむ事を得ずばその渦中に入って弱肉強食を主張するよりほかの道はないか、ぜひこれに処する一定の主義を考定して、一般の国民と共にこれによって行くようにしたいと思う。
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