論語と算盤 / 実業と士道・摸倣時代に別れよ
維新以来早くも半世紀にならうとする今日、且つ又東洋の盟主、世界の一等国を以て任じて居る今日の日本国たるもの、何時まで欧米心酔の夢を見て居るのであらう、何時まで自国軽蔑の不見識を敢てする積りであらう、実に意気地のない話である、外国の「レツテル」が貼つてあるから此の石鹼は宜いぞと威かされたり、外国品だから此の「ウヰスキー」を飲まなければ、時勢後れの人間に見られると怖れるやうで、それで独立国の権威と大国民の襟度が如何して保たれて行かれよう、私は実に国民の大自覚を望むのである、我々は今日唯今、心酔の時代と袂別せねばならぬ、模倣の時代から去つて、自発自得の域に入らねばならぬ。
書き下し
維新以来早くも半世紀になろうとする今日、かつまた東洋の盟主、世界の一等国をもって任じている今日の日本国たるもの、いつまで欧米心酔の夢を見ているのであろう。いつまで自国軽蔑の不見識をあえてするつもりであろう。実に意気地のない話である。外国のレッテルが貼ってあるからこの石鹸は良いぞと威かされたり、外国品だからこのウイスキーを飲まなければ、時勢後れの人間に見られると怖れるようで、それで独立国の権威と大国民の襟度がどうして保たれて行かれよう。私は実に国民の大自覚を望むのである。我々は今日ただ今、心酔の時代と袂別せねばならぬ。模倣の時代から去って、自発自得の域に入らねばならぬ。
現代語訳
維新から早くも半世紀になろうという今日、しかも東洋の盟主、世界の一等国をもって任じている今日の日本が、いつまで欧米に心酔する夢を見ているのか。いつまで自国を軽んじる見識のなさを続けるつもりなのか。まったく意気地のない話である。外国のレッテルが貼ってあるからこの石鹸は良いと言われて怯み、外国製だからこのウイスキーを飲まなければ時代遅れに見られると恐れる。それでどうして独立国の権威と、大国民の度量が保てるだろう。私は国民の大きな自覚を望む。我々はいまこの瞬間に、心酔の時代と別れなければならない。模倣の時代を去って、自ら発し自ら得る域に入らねばならない。
解説
この章句が説くこと
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『論語と算盤』実業と士道・摸倣時代に別れよたびたび識者が力説する通り、我が国民の思想には忌むべき弊習がある。それはすなわち外国品偏重の悪風である。外国品だからとて別段排斥する必要がないように、これを偏重するのあまり内地品を卑下する理由もないはずである。しかるに舶来品といえばすべて優秀なものばかりとの観念が、深く国民の上下に普及しているのは誠に慨嘆に堪えない。もっとも日本の文明は最近の発達で、しかも欧米諸国からの移植に負う所がすこぶる多いために、かつては欧化主義の流行に苦しみ、今もなおその余弊として、この舶来品愛重の勢いをなしていることと思われる。けれども
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『論語と算盤』実業と士道・摸倣時代に別れよ最後に当局者に一言して置きたい事は、奨励は大いにこれを努めねばならぬが、不自然不相応の奨励を行えばついに無理ができる。親切なやり方もかえって不親切な結果となり、保護したつもりが干渉束縛となる。ことに商品の試験および紹介をする際には、私利私情を離れて一に邦家のためを念い、公平と親切とを忘れざらん事を切望して置く。さらにまた日本品使用の機運が動いたのを奇貨として、つまらぬ物を粗製濫造し、忠良なる国民を欺瞞し、一時の私腹を肥やさんと試むる商売人もあろう。このごときもまた国産の発達を阻害すること尠少でないから、相警めてかかる不逞漢の輩出を防がねばならぬのである。
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『論語と算盤』実業と士道・摸倣時代に別れよ次に我々は奨励会の事業を選択して置く必要がある。奨励はその声ばかりでも効益は少ないが、せっかく会組織にしたのであるから、是非目的を貫徹するために実際の事業に着手し、範を天下に示すべきである。目下の所では会報を発行する以外、具体的に決定したものはないが、規則書にもある通り、今後は国産の調査研究、共進会の開催、講話会の開催、商品陳列場の完備、一般の質疑応答、輸出奨励策等を実施して行くのである。特に研究所の設立、産業上の注意、市場または製品の紹介、試験分析、証明の依頼に応ずることなどは裨益する所大なるものがあろうと思う。そして事業の成否は一に係って各人の双肩にあるのだから、お互いにこの会の発展と利用とに力を注がねばならぬ。
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『論語と算盤』実業と士道・摸倣時代に別れよ有無相通は経済の原則とはいうものの、私はいたずらに排外思想を鼓吹するものではない。物に一得一失はややもすれば伴うもので、先年戊申詔書を降された時も、これを極端非理な消極主義に穿き違えた人々が多く、当路者が御大旨の徹底に悩まされたことがある。この国産奨励の宣伝をも極端な消極主義、排外主義と取られては、ひとり発起人等の迷惑なるのみならず、ひいては国家の大損失を招く虞がある。有無相通ずとは数千年前から道破された経済上の原則で、この大原則に反して経済の発展は企図せられるはずがない。一県にして佐渡からは金を産し、越後からは米を産する。一国にすれば、台湾からは砂糖が出るし、関東地方からは生糸が出る。さらに国際間に拡大して見ると、アメリカの小麦、インドの棉花のごとく、それぞれ地勢によってその産物を異にするのであるから、我々は彼の小麦粉を食し、彼の棉花を購い、そして我は生糸、綿糸を売って行くべきである。この点は特に注意して、我が国に適する物を作り、適せない物を仕入れることを過たぬようにせねばならぬ。
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『論語と算盤』実業と士道・果して誰の責任ぞ維新以来物質的文明が急激なる発達をなしたるに反し、道徳の進歩がそれに伴わなかったので、世人はこの不釣合の現象に著しく注目して、商業道徳退歩というのであるとして見れば、仁義道徳の修養に心を用い、物質的進歩と互角の地位に進ませるが目下の急務には相違ないが、一面から考察して見ると、単に外国の風習ばかりを見て、直ちにこれを我が国に応用せんとすれば、あるいは不可能を免れぬこともある。
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『論語と算盤』立志と学問・一生涯に歩むべき道自白すれば、余の志は青年期においてしばしば動いた。最後に実業界に身を立てようと志したのがようやく明治四五年の頃のことで、今日より追想すればこの時が余にとって真の立志であったと思う。元来自己の性質才能から考えて見ても、政界に身を投じようなどとは、むしろ短所に向かって突進するようなものだと、この時ようやく気がついたのであったが、それと同時に感じたことは、欧米諸邦が当時のごとき隆昌をいたしたのは、まったく商工業の発達している所以である、日本も現状のままを維持するだけでは、いつの世か彼らと比肩し得るの時代が来よう、国家のために商工業の発達を図りたい、という考えが起こって、ここに始めて実業界の人となろうとの決心がついたのであった。そしてこの時の立志が後の四十余年を一貫して変ぜずに来たのであるから、余にとっての真の立志はこの時であったのだ。
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