論語と算盤 / 算盤と権利・合理的の経営
然るに夫等二人の者より更に一歩進んで、その会社を利用して自己の栄達を計る蹈台にしようとか、利慾を図る機関にしようとか云ふ考を以て重役となる者がある、斯の如きは実に宥すべからざる罪悪であるが、夫等の者の手段としては、株式の相場を釣上げて置かぬと都合が悪いと言うて、実際は有りもせぬ利益を有るやうに見せかけ、虚偽の配当を行ふたり、又事実払込まない株金を払込んだやうに装うて、株主の眼を瞞着しようとする者なぞもあるが、是等のやり方は明かに詐欺の行為である、而して彼等の悪手段は未だそれ位にては尽きない、その極端なる者に至ては、会社の金を流用して投機をやつたり、自己の事業に投じたりする者もある、是では最早窃盗と択ぶ所がない、畢竟するに此種の悪事も、結局その局に当る者が道徳の修養を欠けるよりして起る弊害で、若しも其の重役が誠心誠意事業に忠実であるならば、そんな間違は作りたくも造れるものでない。
書き下し
しかるにそれら二人の者よりさらに一歩進んで、その会社を利用して自己の栄達を計る踏み台にしようとか、利欲を図る機関にしようとかいう考えをもって重役となる者がある。かくのごときは実に許すべからざる罪悪であるが、それらの者の手段としては、株式の相場を釣り上げておかぬと都合が悪いと言うて、実際は有りもせぬ利益を有るように見せかけ、虚偽の配当を行うたり、また事実払い込まない株金を払い込んだように装うて、株主の眼を瞞着しようとする者なぞもあるが、これらのやり方は明らかに詐欺の行為である。そして彼らの悪手段はいまだそれ位にては尽きない。その極端なる者に至っては、会社の金を流用して投機をやったり、自己の事業に投じたりする者もある。これではもはや窃盗と択ぶ所がない。畢竟するにこの種の悪事も、結局その局に当たる者が道徳の修養を欠けるよりして起こる弊害で、もしもその重役が誠心誠意事業に忠実であるならば、そんな間違いは作りたくも造れるものでない。
現代語訳
ところが、それら二種類の者よりさらに一歩進んで、その会社を利用して自分の栄達を図る踏み台にしようとか、私欲を満たす道具にしようとかいう考えで重役となる者がある。このようなことは実に許すことのできない罪悪であるが、そうした者たちの手口としては、株式の相場をつり上げておかないと都合が悪いと言って、実際にはありもしない利益をあるように見せかけて虚偽の配当を行ったり、また、実際には払い込まれていない株金を払い込んだように装ったりして、株主の目をごまかそうとする者などもある。これらのやり方は明らかに詐欺の行為である。しかも彼らの悪い手口は、まだそれくらいでは尽きない。その極端な者に至っては、会社の金を流用して投機をやったり、自分の事業につぎ込んだりする者もある。これではもはや窃盗と変わるところがない。結局のところ、この種の悪事も、その職にある者が道徳の修養を欠いていることから起こる弊害であって、もしもその重役が誠心誠意、事業に忠実であるならば、そんな間違いは作ろうと思っても作れるものではない。
解説
関連する章句
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『論語と算盤』算盤と権利・合理的の経営しからばこの禍根は、重役に適任者を得さえすれば自ずから絶滅するものであるが、適材を適所に使うということは、なかなか容易のものでなく、現在にても重役としての技倆に欠けた人でその職にあるものが少なくない。例えば、会社の取締役もしくは監査役などの名を買わんがために、消閑の手段として名を連ねている、いわゆる虚栄的重役なるものがある。彼らの浅薄なる考えは厭うべきものだけれども、その希望の小さいだけに、さしたる罪悪を逞しゅうするというような心配はない。それからまた好人物だけれども、その代わり事業経営の手腕の無いものがある。そういう人が重役となっておれば、部下にいる人物の善悪を識別するの能力もなく、帳簿を査閲する眼識もない。ために知らず識らずの間に部下の者に愆まられ、自分から作った罪でなくとも、ついに救うべからざる窮地に陥らねばならぬことがある。これは前者に比するとやや罪は重いが、しかしいずれも重役として故意に悪事をなした者でないことは明らかである。
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『論語と算盤』算盤と権利・合理的の経営現代における事業界の傾向を見るに、まま悪徳重役なる者が出でて、多数株主より依託された資産を、あたかも自己専有のもののごとく心得、これを自儘に運用して私利を営まんとする者がある。それがため会社の内部は一の伏魔殿と化し去り、公私の区別もなく秘密的行動が盛んに行われるようになって行く。真に事業界のために痛嘆すべき現象ではあるまいか。
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『論語と算盤』算盤と権利・合理的の経営しかるに社会の実際に徴すれば、会社において無くてもよいはずの秘密があったり、有るべからざる所に私事の行われるのはいかなる理由であろうか。余はこれを重役にその人を得ざるの結果と断定するに躊躇せぬのである。
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『論語と算盤』実業と士道・功利学の弊を芟除すべし往時の下級生産者より出でて、あっぱれ身を立て家を興し、一躍具瞻の地位に進みたる人ももとより尠くないが、これらの人々ははたして道徳仁義に終始し、正路に歩し、公道を進み、俯仰天地に怍ずるなきの心事をもって、よく今日に至った者であろうか。関係の会社銀行等の事業を盛大ならしむべく、昼夜不断の努力を尽くすは、実業家としてまことに立派のことである。その株主に忠なる者と称するも不可なしであるけれども、もし会社銀行のために尽くす精神が、よってもって自ら利せんとするいわゆる利己の一念にとどまりて、株主の配当を多くするは、自家の金庫を重からしむるためなりとせば、もし会社銀行を破産せしめ、株主に欠損を与うるをもって自己の利益が多いという場合に際会したならば、あるいはこれを忍ぶやも測られない。孟子のいわゆる「奪わずんば饜かず」とはすなわちこれである。
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『論語と算盤』仁義と富貴・義利合一の信念を確立せよ孔孟教の根底を誤り伝えたる結果は、利用厚生に従事する実業家の精神をして、ほとんどすべてを利己主義たらしめ、その念頭に仁義もなければ道徳もなく、甚だしきに至っては法網をくぐられるだけくぐっても金儲けをしたいの一方にさせてしまった。したがって今日のいわゆる実業家の多くは、自分さえ儲ければ他人や世間はどうあろうと構わないという腹で、もし社会的および法律的の制裁が絶無としたならば、彼らは強奪すらしかねぬという情けない状態に陥っている。もし永くこの状態を押して行くとすれば、将来貧富の懸隔はますます甚だしくなり、社会はいよいよあさましい結果に立ち至る事と予想しなければならぬ。これまことに孔孟の訓えを誤り伝えたる学者が数百年来跋扈していた余毒である。とにかく世の中が進むにつれて、実業界においても生存競争がますます激しくなるは自然の結果と言ってよい。
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『論語と算盤』仁義と富貴・金力悪用の実例畢竟かような事件の発生するのも、仁義道徳と生産殖利を別々に考えて取り扱うからであろうと思われる。いやしくも生産殖利は正しき道によって経営すべきものであるとの観念が、我々お互い実業者間の信条となっているならば、外国の人はともかく、日本の実業家中にそのような不正を働く者のないことを誇り得るでもあろう。たとい相手方の人が貪慾心に駆られ、内々これこれのことをした、我輩の労に酬いろというような顔色を示したり、甚だしきは露骨に口に出してそのような申出でをなすような場合にも、それは正義に背く行為であるから、私には出来ぬと言って、きっぱり断るくらいの覚悟をもって商売をしたならば、必ずそのような誘導の起こるものではない。ここにおいて私はますます実業家の人格を高めることの必要を痛切に感ずるのである。実業界に不正の行為が跡を絶たぬようでは、国家の安全を期することが出来ないと言うまでに、深く私は憂えている。
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