論語と算盤 / 算盤と権利・唯王道あるのみ
其の結果として貧富の懸隔を生ずるものとすれば、そは自然の成行であつて、人間社会に免るべからざる約束と見て諦らめるより外仕方がない、とは云へ、常に其の間の関係を円満ならしめ、両者の調和を図ることに意を用ふることは、識者の一日も欠くべからざる覚悟である、之を自然の成行き人間社会の約束だからと、其の成るま〻に打棄て置くならば、遂に由々しき大事を惹起するに至るは亦自然の結果である、故に禍を未萠に防ぐの手段に出で、宜しく王道の振興に意を致されんことを切望する次第である。
書き下し
その結果として貧富の懸隔を生ずるものとすれば、それは自然の成り行きであって、人間社会に免るべからざる約束と見て諦めるよりほか仕方がない。とは言え、常にその間の関係を円満ならしめ、両者の調和を図ることに意を用うることは、識者の一日も欠くべからざる覚悟である。これを自然の成り行き人間社会の約束だからと、その成るままに打ち棄て置くならば、ついに由々しき大事を惹起するに至るはまた自然の結果である。ゆえに禍を未萌に防ぐの手段に出で、よろしく王道の振興に意を致されんことを切望する次第である。
現代語訳
その結果として貧富の差が生じるのだとすれば、それは自然の成り行きであって、人間社会に避けられない定めと見て諦めるほかに仕方がない。とはいえ、常にそのあいだの関係を円満にし、両者の調和を図ることに心を用いるのは、識者が一日も欠かすことのできない覚悟である。これを自然の成り行きであり人間社会の定めだからといって、なるがままに放っておくならば、ついには由々しい大事を引き起こすに至るのも、また自然の結果である。だから、災いをまだ芽を出さないうちに防ぐ手段に出て、ぜひとも王道の振興に心を尽くされることを切に望む次第である。
解説
関連する章句
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『論語と算盤』算盤と権利・唯王道あるのみもしそれ富豪も貧民も王道をもって立ち、王道はすなわち人間行為の定規であるという考えをもって世に処するならば、百の法文、千の規則あるよりも遥かに勝ったことと思う。換言すれば、資本家は王道をもって労働者に対し、労働者もまた王道をもって資本家に対し、その関係しつつある事業の利害得失はすなわち両者に共通なる所以を悟り、相互に同情をもって始終するの心掛けありてこそ、始めて真の調和を得られるのである。
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『論語と算盤』算盤と権利・唯王道あるのみしかるに社会にはこれらの点に深い注意も払わず、みだりに貧富の懸隔を強制的に引き直さんと希う者がないでもない。けれども貧富の懸隔はその程度においてこそ相違はあれ、いつの世、いかなる時代にも必ず存在しないという訳には行かぬものである。もちろん国民の全部がことごとく富豪になることは望ましいことではあるが、人に賢不肖の別、能不能の差があって、誰も彼も一様に富まんとするがごときは望むべからざる処、したがって富の分配平均などとは思いも寄らぬ空想である。要するに、富むものがあるから貧者が出るというような論旨の下に、世人が挙って富者を排擠するならば、いかにして富国強兵の実を挙ぐることが出来ようぞ。個人の富はすなわち国家の富である。個人が富まんと欲するにあらずして、いかでか国家の富を得べき。国家を富まし自己も栄達せんと欲すればこそ、人々が、日夜勉励するのである。
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『論語と算盤』算盤と権利・唯王道あるのみ試みに余の希望を述ぶれば、法の制定はもとよりよいが、法が制定されているからと言って、一も二もなくそれに裁断を仰ぐということは、なるべくせぬようにしたい。
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『論語と算盤』仁義と富貴・防貧の第一要義いかに自ら苦心して築いた富にした所で、富はすなわち自己一人の専有だと思うのは大なる見当違いである。要するに、人はただ一人のみにては何事もなし得るものでない。国家社会の助けによって自らも利し、安全に生存するも出来るので、もし国家社会がなかったならば、何人たりとも満足にこの世に立つことは不可能であろう。これを思えば、富の度を増せば増すほど社会の助力を受けている訳だから、この恩恵に酬ゆるに救済事業をもってするがごときは、むしろ当然の義務で、出来る限り社会のために助力しなければならぬ筈と思う。「己れ立たんと欲して人を立て、己れ達せんと欲して人を達す」という言のごとく、自己を愛する観念が強ければ強いだけに、社会をもまた同一の度合をもって愛しなければならぬことである。世の富豪はまずかかる点に着眼しなくてはなるまい。
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『論語と算盤』理想と迷信・廓清の急務なる所以旧に復って、治める方の人のみが道義を重んじ、生産殖利に従事する人はなるたけ制限して、ごく小さい範囲に棲息せしむるようにして行ったならば、その弊害を減ずることが出来るか知れないが、それでは国の富の進歩は止まってしまう。そこであくまで富を進め、富を擁護しつつ、その間に罪悪の伴わぬ神聖な富を作ろうとするには、どうしても一の守るべき主義を持たなければならぬ。それはすなわち私が常に言っている所の仁義道徳である。仁義道徳と生産殖利とは決して矛盾しない。だからその根本の理を明らかにして、かくすればこの位置を失わぬということを、我れ人共に十分に考究して、安んじてその道を行うことが出来たならば、あえて相率いて腐敗堕落に陥るということなく、国家的にも個人的にも、正しく富を増進することが出来ると信ずる。その方法として日常の事につき、かかる商売にはかくかく、かかる事業にはかくかくとここに詳述は出来ないが、
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『論語と算盤』算盤と権利・唯王道あるのみおもうに社会問題とか労働問題等のごときは、単に法律の力ばかりをもって解決されるものではない。例えば一家族内にても、父子兄弟眷族に至るまで各々権利義務を主張して、一も二も法律の裁断を仰がんとすれば、人情は自ずから険悪となり、障壁はその間に築かれて、事ごとに角突き合いの沙汰のみを演じ、一家の和合団欒はほとんど望まれぬ事となるであろう。余は富豪と貧民との関係も、またそれと等しきものがあろうと思う。かの資本家と労働者との間は、従来家族的の関係をもって成立し来ったものであったが、にわかに法を制定してこれのみをもって取り締まろうとするようにしたのは、一応もっともなる思い立ちではあろうけれども、これが実施の結果、果たして当局の理想通りに行くであろうか。多年の関係によって資本家と労働者との間に、せっかく結ばれた所の言うに言われぬ一種の情愛も、法を設けて両者の権利義務を明らかに主張するようになれば、勢い疎隔さるるに至りはすまいか。それでは為政者側が骨折った甲斐もなく、また目的にも反する次第であろうから、ここは一番深く研究しなければならぬ所であろうと思う。
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