茶の本 / 第二章 茶の諸流・茶道は道教の仮りの姿
茶室の調子を破る一点の色もなく、物のリズムをそこなうそよとの音もなく、調和を乱す一指の動きもなく、四囲の統一を破る一言も発せず、すべての行動を単純に自然に行なう――こういうのがすなわち茶の湯の目的であった。そしていかにも不思議なことには、それがしばしば成功したのであった。そのすべての背後には微妙な哲理が潜んでいた。茶道は道教の仮りの姿であった。
書き下し
茶室の調子を破る一点の色もなく、物のリズムをそこなうそよとの音もなく、調和を乱す一指の動きもなく、四囲の統一を破る一言も発せず、すべての行動を単純に自然に行なう――こういうのが、すなわち茶の湯の目的であった。そしていかにも不思議なことには、それがしばしば成功したのであった。そのすべての背後には微妙な哲理が潜んでいた。茶道は道教の仮りの姿であった。
現代語訳
茶室の調子を破る一点の色もなく、物のリズムを損なうかすかな音もなく、調和を乱す一本の指の動きもなく、周囲の統一を破る一言も発せず、すべての行いを単純に自然に行う。こういうことが茶の湯の目的でした。そして実に不思議なことに、それはしばしば成功したのです。そのすべての背後には微妙な哲理が潜んでいました。茶道は道教の仮の姿だったのです。
解説
第二章の結びです。目的が四つの否定で述べられます。色も、音も、指の動きも、言葉も、調和を破らない。何かを足すのではなく、乱すものを置かないことで成り立つ。そしてそれがしばしば成功した、と天心は少し驚いたように書く。最後の一行、茶道は道教の仮の姿であった、が次章への橋になります。作法の背後にある思想を説くために、第三章は道教と禅を正面から扱うことになります。
この章句が説くこと
調和簡素作法道教統一