論語と算盤 / 人格と修養・東照公の修養
神君の遺訓と称して平仮名交りの文章がある、即ち『人の一生は重荷を負ふて遠き道を行くが如し、急ぐべからず‥‥云々』私は斯様に能く覚えて居ります、此の遺訓は全く論語から出て居ります、東照公が論語をよくお読みなすつた証拠であります、『士不可以不弘毅、任重而道遠、仁以為己任、不亦重乎、死而後已、不亦遠乎。』これは曾子といふ人の語で、論語の泰伯篇にあります、『人の一生は重荷を負うて遠き道を行くが如し』と全く同意味であります、また末段の『及ばざるは過ぎたるよりまされり』は、孔子の言から出たのです、而して孔子は『過ぎたるは猶ほ及ばざるが如し』と言ふたを、公は『勝れり』と強くしたのです
新字:神君の遺訓と称して平仮名交りの文章がある、即ち『人の一生は重荷を負ふて遠き道を行くが如し、急ぐべからず‥‥云々』私は斯様に能く覚えて居ります、此の遺訓は全く論語から出て居ります、東照公が論語をよくお読みなすつた証拠であります、『士不可以不弘毅、任重而道遠、仁以為己任、不亦重乎、死而後已、不亦遠乎。』これは曽子といふ人の語で、論語の泰伯篇にあります、『人の一生は重荷を負うて遠き道を行くが如し』と全く同意味であります、また末段の『及ばざるは過ぎたるよりまされり』は、孔子の言から出たのです、而して孔子は『過ぎたるは猶ほ及ばざるが如し』と言ふたを、公は『勝れり』と強くしたのです
書き下し
神君の遺訓と称して平仮名交じりの文章がある。すなわち「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし、急ぐべからず……云々」。私はかように能く覚えております。この遺訓はまったく論語から出ております。東照公が論語をよくお読みなすった証拠であります。「士は以て弘毅ならざるべからず、任重くして道遠し、仁以て己が任と為す、また重からずや、死して後已む、また遠からずや」。これは曾子という人の語で、論語の泰伯篇にあります。「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし」とまったく同意味であります。また末段の「及ばざるは過ぎたるよりまされり」は、孔子の言から出たのです。そして孔子は「過ぎたるはなお及ばざるがごとし」と言うたのを、公は「勝れり」と強くしたのです。
現代語訳
神君の遺訓と称される仮名交じりの文章がある。「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし、急ぐべからず……」というものだ。私はよく覚えている。この遺訓はまったく論語から出ている。家康公が論語をよく読んでいた証拠である。「士は弘毅でなければならない。任は重く道は遠い。仁を自分の任とする、重くないわけがあろうか。死んで後にやむ、遠くないわけがあろうか」——これは曾子の言葉で、論語の泰伯篇にある。「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし」とまったく同じ意味である。また末尾の「及ばざるは過ぎたるよりまされり」は孔子の言から出た。孔子が「過ぎたるはなお及ばざるがごとし」と言ったのを、公は「勝れり」と強くしたのである。