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論語と算盤 / 人格と修養・須らく其の原因を究むべし

乃木大将の殉死に就て世間の論ずる所を観るに、或説の如きは、殉死に就ては多少非難なきに非ざれど、乃木大将にして始めて可なり、他人之に倣ふべきに非ずと論ずるもあり、又は絶対に感歎すべき武士的行為にして、実に世の中を聳動せしめたる天晴の最期とて、限りなき崇敬の心を以て論評するもありて、殆んど当時の新聞雑誌が其事に就て塡められた程であるから、大将の行為は現社会に大なる影響を与へたと言ひ得るだらうと思ふ。

新字:乃木大将の殉死に就て世間の論ずる所を観るに、或説の如きは、殉死に就ては多少非難なきに非ざれど、乃木大将にして始めて可なり、他人之に倣ふべきに非ずと論ずるもあり、又は絶対に感嘆すべき武士的行為にして、実に世の中を聳動せしめたる天晴の最期とて、限りなき崇敬の心を以て論評するもありて、殆んど当時の新聞雑誌が其事に就て塡められた程であるから、大将の行為は現社会に大なる影響を与へたと言ひ得るだらうと思ふ。

書き下し

乃木大将の殉死について世間の論ずる所を観るに、ある説のごときは、殉死については多少非難なきにあらざれど、乃木大将にして始めて可なり、他人これに倣うべきにあらずと論ずるもあり、または絶対に感嘆すべき武士的行為にして、実に世の中を聳動せしめたる天晴れの最期とて、限りなき崇敬の心をもって論評するもありて、ほとんど当時の新聞雑誌がその事について塡められたほどであるから、大将の行為は現社会に大なる影響を与えたと言い得るだろうと思う。

現代語訳

乃木大将(乃木希典)の殉死について世間が論じているところを見ると、ある説は、殉死については多少非難すべき点がないわけではないが、乃木大将であってはじめて許されることで、他人がこれにならうべきではない、と論じている。またある説は、絶対に感嘆すべき武士らしい行為であり、実に世の中を震え動かした見事な最期だとして、限りない崇敬の心をもって論評している。当時の新聞や雑誌はほとんどこの件で埋め尽くされたほどであったから、大将の行為は今の社会に大きな影響を与えたと言えるだろうと思う。

解説

「須らく其の原因を究むべし」の章は、大正元年九月、明治天皇の大葬の夜に乃木希典夫妻が自刃した事件を扱う。世論は二つに割れた。殉死という行為には非難すべき点もあるが乃木大将だから許される、他人は倣うべきでない、という慎重論と、武士の鑑として限りなく称える崇敬論である。新聞雑誌がほとんどこの話題で埋まったと渋沢は記している。実際、殉死を時代錯誤と批判する論も知識人の中にはあった。ここで渋沢はまず、評価の分かれ方そのものを冷静に整理し、どちらの立場にせよ、この行為が社会に大きな影響を与えたという事実を確認するところから始める。殉死を美化も否定もせず、影響の大きさの原因を問う、という章の視点がここで用意される。世論が一つの出来事に沸くとき、その出来事の背後にある積み重ねに目を向けよ、という章全体の問いへの入口である。

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