論語と算盤 / 人格と修養・二宮尊徳と西郷隆盛
西郷公は私に向はれ、斯く〳〵爾か〴〵の次第故、折角の良法を廃絶さしてしまふのも惜いから、渋沢の取計ひで此の法の立ち行くやう、相馬藩の為に尽力して呉れぬか、と言はれたので、私は西郷公に向ひ『そんなら貴公は二宮の興国安民法とは何んなものか御承知であるか』と御訊すると、ソレハ一向に承知せぬとのこと、如何なものかも知らずに之を廃絶せしめぬやうとの御依頼は、甚だ以て腑に落ちぬわけであるが、御存知なしとあらば致し方が無い、私から御説明申し上げやうと、その頃既に私は興国安民法に就て充分取調べてあつたので、詳しく申し述べることにした。
書き下し
西郷公は私に向かわれ、かくかくしかじかの次第ゆえ、せっかくの良法を廃絶さしてしまうのも惜しいから、渋沢の取り計らいでこの法の立ち行くよう、相馬藩のために尽力してくれぬか、と言われたので、私は西郷公に向かい『そんなら貴公は二宮の興国安民法とはどんなものか御承知であるか』とお訊ねすると、それは一向に承知せぬとのこと。いかなるものかも知らずにこれを廃絶せしめぬようとの御依頼は、甚だもって腑に落ちぬわけであるが、御存知なしとあらば致し方が無い、私から御説明申し上げようと、その頃すでに私は興国安民法について充分取り調べてあったので、詳しく申し述べることにした。
現代語訳
西郷公は私に向かって、これこれしかじかの事情だから、せっかくの良い法を廃止させてしまうのも惜しい、渋沢の取り計らいでこの法が続いていけるよう、相馬藩のために尽力してくれないか、と言われた。そこで私は西郷公に向かって、「それならあなたは、二宮の興国安民法とはどういうものかご承知ですか」とお尋ねすると、それはまったく知らないとのことだった。どういうものかも知らずに、これを廃止させないでくれという依頼は、まったく腑に落ちない話ではあるが、ご存じないというのなら仕方がない、私からご説明申し上げようと、その頃すでに私は興国安民法について十分に調べてあったので、詳しく申し述べることにした。
解説
関連する章句
-
『論語と算盤』人格と修養・二宮尊徳と西郷隆盛西郷参議におかせられては、相馬一藩の興国安民法は大事であるによって是非廃絶させぬようにしたいが、国家の興国安民法はこれを講ぜずにそのままに致し置いても差支え無いとの御所存であるか、承りたい。いやしくも一国を双肩に荷われて国政料理の大任に当たられる参議の御身をもって、国家の小局部なる相馬一藩の興国安民法のためには御奔走あらせられるが、一国の興国安民法をいかにすべきかについての御賢慮なきは、近頃もってその意を得ぬ次第、本末顛倒の甚だしきものであると切論いたすと、西郷公はこれに対し、別に何とも言われず、黙々として茅屋を辞し還られてしまった。とにかく、維新の豪傑のうちで、知らざるを知らずとして、少しも虚飾の無かった人物は西郷公で、実に敬仰に堪えぬ次第である。
-
『論語と算盤』人格と修養・二宮尊徳と西郷隆盛井上侯が総大将を承って采配を振り、私や陸奥宗光、芳川顕正、それから明治五年に英国へ公債募集のため洋行するようになった、吉田清成などが専ら財政改革を行うに腐心最中の明治四年頃のことであるが、ある日の夕方、当時私の住居した神田猿楽町の茅屋へ、西郷公が突然と私を訪ねて来られた。その頃西郷さんは参議というもので、廟堂ではこの上もない顕官である。私のごとき官の低い大蔵大丞ぐらいの小身者を訪問せられるなど、すでに非凡の人でなければ出来ぬことで、誠に恐れ入ったものであるが、その用談向きは、相馬藩の興国安民法についてであった。この興国安民法と申すは、二宮尊徳先生が相馬藩に聘せられた時に案出して遺され、それが相馬藩繁昌の基になったという、財政やら産業やらについての方策である。井上侯始め私等が、財政改革を行うに当たり、この二宮先生の遺された興国安民法をも廃止しようとの議があった。
-
『論語と算盤』人格と修養・二宮尊徳と西郷隆盛これを聴きつけた相馬藩では、藩の消長に関する由々しき一大事だというので、富田久助、志賀直道の両人をわざわざ上京せしめ、両人は西郷参議に面接し、いかに財政改革を行われるに当たっても、同藩の興国安民法ばかりは御廃止にならぬようにと、ともに頼み込んだものである。西郷はその頼みを容れられたのだが、大久保さんや大隈さんに話した所で取り上げられそうにもなく、井上侯なんか話でもしたら、井上侯はあの通りの方ゆえ、到底受け付けてくれそうに思われず、頭からガミガミ跳ね付けられるに決まってるので、私を説きさえすればあるいは廃止にならぬように運ぶだろうとでも思われたものか、富田志賀の両氏に対する一諾を重んじ、わざわざ一小官たるに過ぎぬ私を茅屋に訪ねて来られたのであった。
-
『論語と算盤』人格と修養・二宮尊徳と西郷隆盛よって私はここで平素自分の抱持する財政意見を言っておくべき好機会だと思ったので、『いかにも仰せの通りである。二宮先生の遺された興国安民法を廃止せず、これを引き続き実行すれば、それで相馬一藩は必ず立ち行くべく、今後ともにますます繁昌するのであろうが、国家のために興国安民法を講ずるが相馬藩における興国安民法の存廃を念とするよりも、さらに一層の急務である。
-
『論語と算盤』人格と修養・二宮尊徳と西郷隆盛二宮先生は相馬藩に招聘せらるるや、まず同藩の過去百八十年間における詳細の歳入統計を作成し、この百八十年を六十ずつに分けて天地人の三才とし、その中位の地に当たる六十年間の平均歳入を同藩の平年歳入と見做し、さらにまたこの百八十年を九十年ずつに分けて乾坤の二つとし、収入の少ない方に当たる坤の九十年間の平均歳入額を標準にして藩の歳出額を決定し、これにより一切の藩費を支弁し、もしその年の歳入が幸いにも坤の平均歳入予算以上の自然増収となり、剰余額を生じたる場合には、これをもって荒蕪地を開墾し、開墾して新たに得たる新田畝は開墾の当事者に与えることにする法を定められたのである。これが相馬藩のいわゆる興国安民法なるものであった。西郷公は私がかく詳細に二宮先生の興国安民法について説明する所を聞かれて、『そんならそれは量入以為出の道にも適い誠に結構なことであるから、廃止せぬようにしてもよいではないか』とのことであった。
-
『論語と算盤』常識と習慣・悪んで其の美を知れ余はややもすれば世人より誤解されて、渋沢は清濁併せ呑むの主義であるとか、正邪善悪の差別を構わぬ男であるとか評される。先頃もある者が来て真っ向から余に詰問し、「足下は日頃論語をもって処世上の根本主義とせられ、また論語主義をもって自ら行われつつあるにもかかわらず、足下が世話される人の中には、全く足下の主義と反し、むしろ非論語主義の者もあり、社会より指弾さるる人物をも、足下は平然としてこれを近づけ、虚然として世評に関せざるがごとき態度を取らるるが、かくのごときは足下が高潔なる人格を傷つくるものではあるまいか、その真意が聞きたい」とのことであった。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る