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論語と算盤 / 人格と修養・二宮尊徳と西郷隆盛

西郷公は私に向はれ、斯く〳〵爾か〴〵の次第故、折角の良法を廃絶さしてしまふのも惜いから、渋沢の取計ひで此の法の立ち行くやう、相馬藩の為に尽力して呉れぬか、と言はれたので、私は西郷公に向ひ『そんなら貴公は二宮の興国安民法とは何んなものか御承知であるか』と御訊すると、ソレハ一向に承知せぬとのこと、如何なものかも知らずに之を廃絶せしめぬやうとの御依頼は、甚だ以て腑に落ちぬわけであるが、御存知なしとあらば致し方が無い、私から御説明申し上げやうと、その頃既に私は興国安民法に就て充分取調べてあつたので、詳しく申し述べることにした。

書き下し

西郷公は私に向かわれ、かくかくしかじかの次第ゆえ、せっかくの良法を廃絶さしてしまうのも惜しいから、渋沢の取り計らいでこの法の立ち行くよう、相馬藩のために尽力してくれぬか、と言われたので、私は西郷公に向かい『そんなら貴公は二宮の興国安民法とはどんなものか御承知であるか』とお訊ねすると、それは一向に承知せぬとのこと。いかなるものかも知らずにこれを廃絶せしめぬようとの御依頼は、甚だもって腑に落ちぬわけであるが、御存知なしとあらば致し方が無い、私から御説明申し上げようと、その頃すでに私は興国安民法について充分取り調べてあったので、詳しく申し述べることにした。

現代語訳

西郷公は私に向かって、これこれしかじかの事情だから、せっかくの良い法を廃止させてしまうのも惜しい、渋沢の取り計らいでこの法が続いていけるよう、相馬藩のために尽力してくれないか、と言われた。そこで私は西郷公に向かって、「それならあなたは、二宮の興国安民法とはどういうものかご承知ですか」とお尋ねすると、それはまったく知らないとのことだった。どういうものかも知らずに、これを廃止させないでくれという依頼は、まったく腑に落ちない話ではあるが、ご存じないというのなら仕方がない、私からご説明申し上げようと、その頃すでに私は興国安民法について十分に調べてあったので、詳しく申し述べることにした。

解説

西郷の依頼に対して、渋沢はまず問い返す。「その興国安民法とはどんなものか御承知か」。西郷は一向に知らないと答えた。中身を知らずに存続を頼むのは腑に落ちない、と渋沢は率直に書くが、それでも追い返さず、自分が説明しようと応じている。注目したいのは二点ある。一つは、西郷が知らないことを取り繕わず、そのまま知らないと答えたことで、渋沢は章の結びでこれを「知らざるを知らずとして、毫も虚飾の無かつた」と称える。論語為政篇の「之を知るを之を知ると為し、知らざるを知らずと為す、是れ知るなり」である。もう一つは、渋沢がすでに興国安民法を十分に調べていたことだ。廃止の議にかける前に、その制度の中身を把握しておく実務家の周到さが表れている。肩書きの差を超えて、事実と中身で話をする場面である。

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