論語と算盤 / 人格と修養・二宮尊徳と西郷隆盛
是を聴きつけた相馬藩では、藩の消長に関する由々しき一大事だといふので、富田久助、志賀直道の両人を態々上京せしめ、両人は西郷参議に面接し、如何に財政改革を行はれるに当つても、同藩の興国安民法ばかりは御廃止にならぬやうにと、倶に頼み込んだものである、西郷は其の頼みを容れられたのだが、大久保さんや大隈さんに話した所で取上げられさうにもなく、井上侯なんか話でもしたら、井上侯はあの通りの方ゆゑ、到底受付けて呉れさうに思はれず、頭からガミ〳〵跳付けられるに極つてるので、私を説きさへすれば或は廃止にならぬやうに運ぶだらうとでも思はれたものか、富田志賀の両氏に対する一諾を重んじ、態々一小官たるに過ぎぬ私を茅屋に訪ねて来られたのであつた。
書き下し
これを聴きつけた相馬藩では、藩の消長に関する由々しき一大事だというので、富田久助、志賀直道の両人をわざわざ上京せしめ、両人は西郷参議に面接し、いかに財政改革を行われるに当たっても、同藩の興国安民法ばかりは御廃止にならぬようにと、ともに頼み込んだものである。西郷はその頼みを容れられたのだが、大久保さんや大隈さんに話した所で取り上げられそうにもなく、井上侯なんか話でもしたら、井上侯はあの通りの方ゆえ、到底受け付けてくれそうに思われず、頭からガミガミ跳ね付けられるに決まってるので、私を説きさえすればあるいは廃止にならぬように運ぶだろうとでも思われたものか、富田志賀の両氏に対する一諾を重んじ、わざわざ一小官たるに過ぎぬ私を茅屋に訪ねて来られたのであった。
現代語訳
これを聞きつけた相馬藩では、藩の盛衰にかかわるゆゆしい一大事だというので、富田久助と志賀直道の二人をわざわざ上京させた。二人は西郷参議に面会し、どれほど財政改革を行われるにしても、この藩の興国安民法だけは廃止にならないようにと、そろって頼み込んだのである。西郷はその頼みを引き受けられたのだが、大久保さん(大久保利通)や大隈さんに話したところで取り上げられそうにもなく、井上侯などに話しでもしたら、井上侯はあのような方だから、とても受け付けてくれそうには思えず、頭からガミガミはねつけられるに決まっている。そこで私を説き伏せさえすれば、あるいは廃止にならないように運ぶだろうとでも思われたのか、富田・志賀の両氏に対する一度の承諾を重んじて、わざわざ一介の小役人にすぎない私を、粗末な家に訪ねて来られたのであった。
解説
関連する章句
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『論語と算盤』人格と修養・二宮尊徳と西郷隆盛西郷参議におかせられては、相馬一藩の興国安民法は大事であるによって是非廃絶させぬようにしたいが、国家の興国安民法はこれを講ぜずにそのままに致し置いても差支え無いとの御所存であるか、承りたい。いやしくも一国を双肩に荷われて国政料理の大任に当たられる参議の御身をもって、国家の小局部なる相馬一藩の興国安民法のためには御奔走あらせられるが、一国の興国安民法をいかにすべきかについての御賢慮なきは、近頃もってその意を得ぬ次第、本末顛倒の甚だしきものであると切論いたすと、西郷公はこれに対し、別に何とも言われず、黙々として茅屋を辞し還られてしまった。とにかく、維新の豪傑のうちで、知らざるを知らずとして、少しも虚飾の無かった人物は西郷公で、実に敬仰に堪えぬ次第である。
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『論語と算盤』人格と修養・二宮尊徳と西郷隆盛井上侯が総大将を承って采配を振り、私や陸奥宗光、芳川顕正、それから明治五年に英国へ公債募集のため洋行するようになった、吉田清成などが専ら財政改革を行うに腐心最中の明治四年頃のことであるが、ある日の夕方、当時私の住居した神田猿楽町の茅屋へ、西郷公が突然と私を訪ねて来られた。その頃西郷さんは参議というもので、廟堂ではこの上もない顕官である。私のごとき官の低い大蔵大丞ぐらいの小身者を訪問せられるなど、すでに非凡の人でなければ出来ぬことで、誠に恐れ入ったものであるが、その用談向きは、相馬藩の興国安民法についてであった。この興国安民法と申すは、二宮尊徳先生が相馬藩に聘せられた時に案出して遺され、それが相馬藩繁昌の基になったという、財政やら産業やらについての方策である。井上侯始め私等が、財政改革を行うに当たり、この二宮先生の遺された興国安民法をも廃止しようとの議があった。
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『論語と算盤』人格と修養・二宮尊徳と西郷隆盛西郷公は私に向かわれ、かくかくしかじかの次第ゆえ、せっかくの良法を廃絶さしてしまうのも惜しいから、渋沢の取り計らいでこの法の立ち行くよう、相馬藩のために尽力してくれぬか、と言われたので、私は西郷公に向かい『そんなら貴公は二宮の興国安民法とはどんなものか御承知であるか』とお訊ねすると、それは一向に承知せぬとのこと。いかなるものかも知らずにこれを廃絶せしめぬようとの御依頼は、甚だもって腑に落ちぬわけであるが、御存知なしとあらば致し方が無い、私から御説明申し上げようと、その頃すでに私は興国安民法について充分取り調べてあったので、詳しく申し述べることにした。
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『論語と算盤』人格と修養・二宮尊徳と西郷隆盛よって私はここで平素自分の抱持する財政意見を言っておくべき好機会だと思ったので、『いかにも仰せの通りである。二宮先生の遺された興国安民法を廃止せず、これを引き続き実行すれば、それで相馬一藩は必ず立ち行くべく、今後ともにますます繁昌するのであろうが、国家のために興国安民法を講ずるが相馬藩における興国安民法の存廃を念とするよりも、さらに一層の急務である。
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『論語と算盤』人格と修養・二宮尊徳と西郷隆盛二宮先生は相馬藩に招聘せらるるや、まず同藩の過去百八十年間における詳細の歳入統計を作成し、この百八十年を六十ずつに分けて天地人の三才とし、その中位の地に当たる六十年間の平均歳入を同藩の平年歳入と見做し、さらにまたこの百八十年を九十年ずつに分けて乾坤の二つとし、収入の少ない方に当たる坤の九十年間の平均歳入額を標準にして藩の歳出額を決定し、これにより一切の藩費を支弁し、もしその年の歳入が幸いにも坤の平均歳入予算以上の自然増収となり、剰余額を生じたる場合には、これをもって荒蕪地を開墾し、開墾して新たに得たる新田畝は開墾の当事者に与えることにする法を定められたのである。これが相馬藩のいわゆる興国安民法なるものであった。西郷公は私がかく詳細に二宮先生の興国安民法について説明する所を聞かれて、『そんならそれは量入以為出の道にも適い誠に結構なことであるから、廃止せぬようにしてもよいではないか』とのことであった。
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『論語と算盤』仁義と富貴・富豪と徳義上の義務私は老人の冷や水と言いましょうか、はた老婆心と言いましょうか、この歳になっても国家社会のためには朝夕駆け回っております。自宅へも皆さんが種々な事を言って見えますが、それが必ずしも善いことばかりではありません。いな、寄附をしろの、資本を貸せの、学費を貸与してくれのと、随分理不尽なことを言って来る人もありますが、私はそれらの人々にことごとく会っています。世の中は広いから随分賢者もおれば偉い人もいる。それをうるさい善くない人が来るからと言って、玉石混淆して一様に断り、門戸を閉鎖してしまうようでは、ひとり賢者に対して礼を失するのみならず、社会に対する義務を完全に遂行することが出来ません。だから私はどなたに対しても城壁を設けず、充分誠意と礼譲とをもってお目にかかる。そしてもし無理な注文が出れば断るし、出来ることは尽してあげるようにする。昔支那の語に、「周公三たび哺を吐き、沛公三たび髪を梳る」ということがある。
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