論語と算盤 / 人格と修養・誤解され易き元気
元気とは如何なるものかと云ふに、之を形に現はして説くことは甚だ難かしい、漢学から説けば、孟子の言ふ浩然之気に当るだらうと思ふ、世間ではよく青年の元気と言ふけれども、青年にばかり元気があつて、老人には無くて宜いといふのでない、元気は押並べて、更に一歩進んでは男女共になければならぬと考へる、大隈侯の如き私よりは二つもお上であるけれども、其の元気は非常なるものである、孟子の浩然之気につきては、孟子が『其為気也、至大至剛、以直養而無害、則塞于天地之間』と、斯う言つて居る。
書き下し
元気とはいかなるものかと言うに、これを形に現わして説くことは甚だ難しい。漢学から説けば、孟子の言う浩然の気に当たるだろうと思う。世間ではよく青年の元気と言うけれども、青年にばかり元気があって、老人には無くてよいというのでない。元気は押し並べて、さらに一歩進んでは男女共になければならぬと考える。大隈侯のごとき私よりは二つもお上であるけれども、その元気は非常なるものである。孟子の浩然の気につきては、孟子が『その気たるや、至大至剛、直きをもって養いて害うことなければ、則ち天地の間に塞つ』と、こう言っている。
現代語訳
元気とはどういうものかと言えば、これを形に表して説明するのはたいへん難しい。漢学から説明すれば、孟子の言う浩然の気にあたるだろうと思う。世間ではよく「青年の元気」と言うけれども、青年にばかり元気があって、老人にはなくてよいというわけではない。元気は誰にもおしなべて、さらに一歩進めて言えば、男にも女にもなければならないと考える。大隈侯(大隈重信)などは、私より二つも年上だが、その元気は非常なものである。孟子の浩然の気については、孟子が「その気というものは、この上なく大きく、この上なく強い。まっすぐなものによって養い、損なうことがなければ、天地の間に満ちる」と、このように言っている。
解説
関連する章句
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『論語と算盤』人格と修養・誤解され易き元気元気というものはそういうもので無い。すなわち孟子のいわゆる至大至剛、至って大きく至って強いもの、そして「直きを以て養う」、道理正しきすなわち至誠をもって養って、それがいつまでも継続する。ただちょっと一時、酒飲み元気で、昨日はあったけれども今日は疲れてしまったという、そんな元気では駄目である。直きをもって養って餒えるところがなければ、「則ち天地の間に塞つ」。これこそ本当の元気であると思う。
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『論語と算盤』人格と修養・誤解され易き元気この『至大至剛、直きをもって養う』という言葉が甚だ面白い。世間ではよく元気がないとか、元気を出したとか言う。ことによると、大分酩酊して途中を大声でも出して来ると、彼は元気がよいと言い、黙っていると元気が悪いと言うが、しかし「ポリス」に捕まって恐れ入るというような元気は、決して誇るべきもので無い。人と争って自分が間違っておっても強情を張り通す、これが元気がよいと思ったら大間違いである。それはすなわち元気を誤解したのである。また気位が高いということも元気であろう。福沢先生のしきりに唱えておった独立自尊、この自尊なども或る場合には元気とも言えよう。自ら助け、自ら守り、自ら治め、自ら活きる、これらと同様な自尊ならばよい。しかし自治だの自活だのは、相当な働きがあるからよいが、自尊ということは誤解すると倨傲になる。あるいは不都合になる。すべて悪徳になって、ちょっと道を通りかかっても、こっちは自尊だからおれは逃げないと言って、自動車などに突き当たってはとんだ間違いが起こる。かかるものは元気ではなかろうと思う。
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『論語と算盤』人格と修養・誤解され易き元気この元気を完全に養うたならば、今の学生が軟弱だ、淫靡だ、優柔だと言われるような謗りは、決して受ける気遣いはなかろうと思う。しかし今日のままでは、多少悪くすると元気を損ずる場合がないとは言われぬ。老人とてもなおしかりであるが、特に最も任務の重い現在の青年は、この元気を完全に蓄えることをくれぐれも努めなくてはならぬ。程伊川の言葉であったと思うが、『哲人見機誠之思、志士厲行致之為』との句がある。あるいは文字が間違ってるかも知れぬが、これは私の注意した言葉で、今も感心するが、かの明治時代の先輩は『哲人見機誠之思』ということをした人である。大正時代の青年はどうしても『志士厲行致之為』という方であって、すべて巧みにこれをまとむる時代であると思う。ゆえに青年は十分元気旺盛にして、聖代に報答するの心掛けが緊要であると思う。
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『論語と算盤』立志と学問・大正維新の覚悟青年時代は血気時代であるから、その血気を善用して後日の幸福の基となることであれば、あくまでこれを発揮して、とかく保守に流れ、因循に陥りやすい老人をして、危険を感ぜしむるくらいに活動してもらいたいのである。
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『論語と算盤』立志と学問・勇猛心の養成法要するに、我が国今日の状態は、姑息なる考えをもって、従来の事業を謹直に継承して足れりとすべき時代ではない。まだ創設の時代であって、先進国の発展に企及し、さらに凌駕せねばならぬのであるから、一般に一大覚悟をもって、万難を排し勇往猛進すべき時である。それには不断心身の健全なる発達を促し、潑溂たる活動をなし得る活力を旺盛ならしむる心掛けを忘れてはならぬ。青年に対してことにこの点を望んでやまぬ次第である。
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『論語と算盤』立志と学問・勇猛心の養成法活力旺盛となって、心身潑溂となれば、自然に大活動を生ずる。大活動をなすについてその方法を誤れば、甚だしい過失を生ずる人となる。そこで平生注意を払って、いかに猛進すべきかを考えておかねばならぬ。猛進する力が正義の観念をもって鼓舞されると、非常に勢いを助長するものであるが、その正義を断行する勇気はいかにして養うかと言えば、平生より注意して、まず肉体上の鍛錬をせねばならぬ。すなわち武術の練磨、下腹部の鍛錬は自然身体を健康にするとともに、著しく精神を陶冶し、心身の一致したる行動に熟し、自信を生じ、自ら勇猛心を向上せしむるものである。下腹部の鍛錬は、今日腹式呼吸法とか、静座法とか、息心調和法とか称して盛んに流行しているが、すべて人の常として脳へ充血しやすく、自然神経過敏となって、物事に動じやすくなるものであるが、下腹部に力を籠める習慣を生ずれば、心寛く体胖かなる人となりて、沈著の風を生じ、勇気ある人となるのである。
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