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論語と算盤 / 人格と修養・誤解され易き元気

此の『至大至剛、以直養』といふ言葉が甚だ面白い、世間では能く元気がないとか、元気を出したとか云ふ、ことに依ると、大分酩酊して途中を大声でも出して来ると、彼は元気が宜いと云ひ、黙つて居ると元気が悪いと云ふが、併し「ポリス」に捕つて恐れ入るといふやうな元気は、決して誇るべき者で無い、人と争つて自分が間違つて居つても強情を張り通す、是が元気が宜いと思つたら大間違である、それは即ち元気を誤解したのである、また気位が高いといふことも元気であらう、福沢先生の頻りに唱へて居つた独立自尊、此の自尊なども或る場合には元気とも言へやう、自ら助け、自ら守り、自ら治め、自ら活きる、是等と同様な自尊なれば宜い、併し自治だの自活だのは、相当な働があるから宜いが、自尊といふことは誤解すると倨傲になる、或は不都合になる、総て悪徳になつて、一寸道を通りか〻つても、此方は自尊だから己は逃げないと云つて、自働車などに突当つては頓だ間違が起る、斯るものは元気ではなからうと思ふ、

書き下し

この『至大至剛、直きをもって養う』という言葉が甚だ面白い。世間ではよく元気がないとか、元気を出したとか言う。ことによると、大分酩酊して途中を大声でも出して来ると、彼は元気がよいと言い、黙っていると元気が悪いと言うが、しかし「ポリス」に捕まって恐れ入るというような元気は、決して誇るべきもので無い。人と争って自分が間違っておっても強情を張り通す、これが元気がよいと思ったら大間違いである。それはすなわち元気を誤解したのである。また気位が高いということも元気であろう。福沢先生のしきりに唱えておった独立自尊、この自尊なども或る場合には元気とも言えよう。自ら助け、自ら守り、自ら治め、自ら活きる、これらと同様な自尊ならばよい。しかし自治だの自活だのは、相当な働きがあるからよいが、自尊ということは誤解すると倨傲になる。あるいは不都合になる。すべて悪徳になって、ちょっと道を通りかかっても、こっちは自尊だからおれは逃げないと言って、自動車などに突き当たってはとんだ間違いが起こる。かかるものは元気ではなかろうと思う。

現代語訳

この「至大至剛、直きをもって養う」という言葉がたいへん面白い。世間ではよく、元気がないとか、元気を出したとか言う。場合によっては、だいぶ酔っぱらって道中で大声でも出してくると、あいつは元気がいいと言い、黙っていると元気がないと言う。しかし、警官に捕まって恐れ入るような元気は、決して誇るべきものではない。人と争って、自分が間違っていても強情を張り通す、これを元気がいいと思ったら大間違いである。それは元気を誤解しているのである。また、気位が高いということも元気ではあろう。福沢先生(福沢諭吉)がしきりに唱えていた独立自尊、この自尊なども場合によっては元気と言えよう。自ら助け、自ら守り、自ら治め、自ら生きる、これらと同じような自尊ならよい。しかし自治や自活は、それ相応の働きが伴うからよいが、自尊というものは誤解すると傲慢になる。あるいは不都合なことになる。すべてが悪徳になって、ちょっと道を通りかかっても、こっちは自尊だから自分はよけないと言って、自動車などにぶつかっては、とんだ間違いが起こる。こういうものは元気ではないだろうと思う。

解説

渋沢は、世間が元気と呼んでいるものを一つずつ退けていく。酔って大声を出す勢い、警官に捕まる無茶、間違っていても通す強情。どれも元気の誤解だ、と。さらに福沢諭吉の独立自尊にも触れる。自助・自守・自治・自活のような自尊ならよいが、自尊は誤解すると倨傲になる。自治や自活には働きが伴うから歯止めがあるが、自尊は心の持ち方だけで成り立つので、ひとりよがりに転じやすいという鋭い指摘である。道で自動車をよけないという例は、自動車が珍しかった大正初めらしいユーモアだが、要点は、自尊が他者への配慮を欠けば悪徳になるということだ。渋沢と福沢は同時代を代表する啓蒙者であり、渋沢は福沢の主張そのものではなく、その誤解された使われ方を戒めている。強く見える振る舞いと、本当の強さを見分ける段である。

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