論語と算盤 / 理想と迷信・廓清の急務なる所以
各人各業が此域に達すれば、そこで廓清は遂げられたのである。
書き下し
各人各業がこの域に達すれば、そこで廓清は遂げられたのである。
現代語訳
一人ひとりが、それぞれの業においてこの境地に達するなら、そのときこそ廓清は成し遂げられたのである。
解説
章を締めくくる一文である。前段までで渋沢は、腐敗の原因を道徳を欠いた実業教育と富の追求に求め、攻撃と禁止だけの浄化を退け、仁義道徳と生産殖利の一致を説き、公益を旨とする基準を示した。そのうえで、廓清が成るのは法令や取り締まりによってではなく、「各人各業」が自らその域に達したときだ、と結ぶ。浄化の主体を外部の監視ではなく、一人ひとりの働き手とそれぞれの業種に置いているのが要点である。渋沢は商業会議所や銀行集会所を組織し、業界ごとの自律を重んじた。上から一律の規則で縛るより、それぞれの商売の現場で道理を守る人が増えることを本当の改革と考えた。コンプライアンスを規程の整備で終わらせず、各部署、各人の判断にまで下ろせているか、という問いにつながる。
関連する章句
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『論語と算盤』理想と迷信・廓清の急務なる所以しからばいかにしてその廓清を計るべきであろう。一般に正当なる利益を進める方法を忘れ、いたずらに利欲の餓鬼となる結果、かくのごとき道徳を滅却するような状態に陥るということは、前に言った。しかしその行動を憎むの余り、生産利殖の根本をも塞ぐというまでに立ち至るのは、甚だ取らない。例えば男女の品行の甚だ猥褻に流れるのを嫌うて、自然の人情まで絶つということは、甚だ不条理なことでもあるし、また行われ難いことでもある。ついには生々の理を失ってしまうことになるのである。実業界の腐敗堕落に対しても、ただこれに対して攻撃戒飭を加えるという方にのみ力を尽すのが、適当なる廓清であるか否かはよほど注意すべき問題であって、あるいはかえってために国家の元気を喪い、国家の真実の富を毀損するような事にならぬとも言われぬ。廓清ということはなかなか難しい。
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『論語と算盤』理想と迷信・廓清の急務なる所以かくしてますます富を殖す方にのみ相挙って進む。そこで富む人はいよいよ富む。貧しい者も富を狙おうとする。仁義道徳は旧世紀の遺物として顧みない。むしろほとんどその何物たるかを知らぬ。ただ智識だけをもって自家の富を増すに汲々乎たる有様である。腐敗に傾き、溷濁に陥り、堕落混乱を来す。もとより怪しむに足らない。勢い廓清を叫ばなければならぬ事にもなるのである。
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『論語と算盤』理想と迷信・廓清の急務なる所以第一の根本たる道理なるものは必ず生産と一致するものである。そして富をなす方法手段は、第一に公益を旨とし、人を虐げるとか、人に害を与えるとか、人を欺くとか、あるいは偽りなどということのないようにしなければならぬ。かくて各々その職に従って尽すべきを尽し、道理を誤らず富を増して行くことであれば、いかに発展して行っても、他と相侵すとか相害することは起こらぬと思う。神聖なる富はかくて初めて得られ続けられるのである。
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『論語と算盤』理想と迷信・廓清の急務なる所以一と揺ぎ揺いでここに維新の大改革となった。治める人治めらるる人の分界を去り、また商売人の範囲も狭い区域にあったものが、世界を股にかけての大活動を試みなければならぬということになり、また日本内地だけの商売でも、主なる品物の運送、蓄積等は、従来たいてい政府の力によって行われておったものが、それも一切個人でしなければならぬという風に遷り変わって来た。商人から言えば全く新天地が開かれたのである。そして彼等もまた相当の教育を受けねばならぬことになった。商であれ工であれ、一の手続を教え、あるいは地理、あるいは物品、品目に、あるいは商業の歴史に、とにかく、商売を繁昌させるについての必要な智識だけは、世界の粋を抜いて教えるという風になった。けれどもそれは主として実業教育であって、道徳教育ではなかった。むしろそういう事は措いて問題にしなかった。そこで自分の富を増そうとする人が続々と出て来る。にわか分限が出る。僥倖で大富を得た者もある。それが刺激となり誘惑となって、誰でもそういうことを狙うようになる。
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『論語と算盤』実業と士道・功利学の弊を芟除すべし商業道徳の骨髄にして、国家的、むしろ世界的に直接至大の影響ある、信の威力を闡揚し、我が商業家のすべてをして、信は万事の本にして、一信よく万事に敵するの力あることを理解せしめ、もって経済界の根幹を堅固にするは、緊要中の緊要事である。
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『論語と算盤』理想と迷信・道理ある希望を持ておよそ人の世に処するには、相当の趣味と理想とをもって道理から割り出して進むのが必要であると思う。ただその間にいわゆる商業の徳義はどうしても立て通すようにして、最も重要なるは信である。この信の一字を守ることが出来なかったならば、我々実業界の基礎は鞏固ということは出来ないのである。
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