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論語と算盤 / 理想と迷信・廓清の急務なる所以

一と揺ぎ揺いで玆に維新の大改革となつた、治める人治めらる〻人の分界を去り、又商売人の範囲も狭い区域にあつたものが、世界を股にかけての大活動を試みなければならぬといふことになり、又日本内地だけの商売でも、主なる品物の運送、蓄積等は、従来大抵政府の力に依つて行はれて居つたものが、それも一切個人でしなければ為らぬといふ風に遷り変つて来た、商人から云へば全く新天地が開かれたのである、而して彼等も亦相当の教育を受けねばならぬことになつた、商であれ工であれ、一の手続を教へ、或は地理、或は物品、品目に、或は商業の歴史に、兎に角、商売を繁昌させるに就ての必要な智識だけは、世界の粋を抜いて教へるといふ風になつた、けれども其れは主として実業教育であつて、道徳教育ではなかつた、寧ろ爾ういふ事は措いて問題にしなかつた、乃で自分の富を増さうとする人が続々と出て来る、俄分限が出る、僥倖で大富を得た者もある、それが刺戟となり誘惑となつて、誰でも爾ういふことを狙ふやうになる、

書き下し

一と揺ぎ揺いでここに維新の大改革となった。治める人治めらるる人の分界を去り、また商売人の範囲も狭い区域にあったものが、世界を股にかけての大活動を試みなければならぬということになり、また日本内地だけの商売でも、主なる品物の運送、蓄積等は、従来たいてい政府の力によって行われておったものが、それも一切個人でしなければならぬという風に遷り変わって来た。商人から言えば全く新天地が開かれたのである。そして彼等もまた相当の教育を受けねばならぬことになった。商であれ工であれ、一の手続を教え、あるいは地理、あるいは物品、品目に、あるいは商業の歴史に、とにかく、商売を繁昌させるについての必要な智識だけは、世界の粋を抜いて教えるという風になった。けれどもそれは主として実業教育であって、道徳教育ではなかった。むしろそういう事は措いて問題にしなかった。そこで自分の富を増そうとする人が続々と出て来る。にわか分限が出る。僥倖で大富を得た者もある。それが刺激となり誘惑となって、誰でもそういうことを狙うようになる。

現代語訳

ひと揺れ大きく揺れて、ここに維新の大改革となった。治める者と治められる者との境界が取り払われ、また商人の活動範囲も狭い区域に限られていたものが、世界を股にかけた大活動を試みなければならないことになった。さらに日本国内だけの商売でも、主要な品物の運送や貯蔵などは、これまでたいてい政府の力で行われていたのが、それもすべて個人でしなければならないというふうに移り変わってきた。商人から言えば、まったく新天地が開かれたのである。そして商人もまた、相応の教育を受けなければならないことになった。商業であれ工業であれ、一つひとつの手続きを教え、あるいは地理、あるいは物品や品目、あるいは商業の歴史など、とにかく商売を繁盛させるのに必要な知識だけは、世界の粋を選りすぐって教えるようになった。けれどもそれは主として実業教育であって、道徳教育ではなかった。むしろ、そういうことは脇に置いて問題にしなかった。そこで自分の富を増やそうとする人が続々と現れる。にわか成金が出る。まぐれ当たりで大富を得た者もいる。それが刺激となり誘惑となって、誰もがそういうことを狙うようになる。

解説

「廓清の急務なる所以」の章で、渋沢は実業界の腐敗がどこから来たかをまず歴史的にたどる。維新で身分の境界がなくなり、商人は世界を相手にし、運送や蓄積まで政府に頼らず個人でやる時代になった。商人に新天地が開かれ、商業学校などで世界の知識が教えられた。ところがその教育は実業教育であって道徳教育ではなかった、と渋沢は指摘する。知識だけを備えた人が富を追い、にわか成金や僥倖で大富を得た者が現れ、それが誘惑となって誰もが同じものを狙う。渋沢自身、東京高等商業学校(のちの一橋大学)の育成に深く関わった人であり、実業教育の必要を誰より説いた当人が、その欠けた半分を率直に認めているところに重みがある。技能だけを教えて倫理を教えない組織が何を生むか、という今日の問いにも通じる。

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