論語と算盤 / 仁義と富貴・富豪と徳義上の義務
斯んな事を言つては富豪から憎まれるかも知らんが、実際私共でさへ上述の訳合から出来るだけ尽して居るのに、どういふものか世間の金持は引込思案で困る、此間も或富豪に貴方がたがもう少し社会に口を出して下さらなくては困ると言ふと、どうも面倒臭くてと言つて居られたが、単に五月蠅いからと言つて引込んで居られては、私共ばかり躍起になつても誠に旨く行かないで困ります、現に私共がお先棒になつて明治神宮の外苑建設を企画して居りますが、之は代々木か青山辺に明治神宮の外苑として、宏大なる公園様のものを造り、帝国中興の英主たる先帝の御遺徳を永く後昆に伝ふべき記念図書館、若くは各種教育的娯楽機関を造りたいといふのが趣意で、約四百万円の費用を要する見込である、斯る企は社会教育の上から見て誠に適切なる事業だと信ずるのであるが、さて是れだけの費用を寄せるには容易でない、斯ういふ場合には岩崎さんや三井さんに是非一と奮発して貰はなければならぬ、がそれと同時に世の大方富豪が社会に対する徳義上の義務として、常に公共事業に尽されんことを望むのである。
書き下し
こんな事を言っては富豪から憎まれるかも知らんが、実際私どもでさえ上述の訳合いから出来るだけ尽しているのに、どういうものか世間の金持ちは引っ込み思案で困る。この間もある富豪にあなたがたがもう少し社会に口を出してくださらなくては困ると言うと、どうも面倒臭くてと言っておられたが、単にうるさいからと言って引っ込んでおられては、私どもばかり躍起になっても誠にうまく行かないで困ります。現に私どもがお先棒になって明治神宮の外苑建設を企画しておりますが、これは代々木か青山辺に明治神宮の外苑として、宏大なる公園様のものを造り、帝国中興の英主たる先帝のご遺徳を永く後昆に伝うべき記念図書館、もしくは各種教育的娯楽機関を造りたいというのが趣意で、約四百万円の費用を要する見込みである。かかる企ては社会教育の上から見て誠に適切なる事業だと信ずるのであるが、さてこれだけの費用を寄せるには容易でない。こういう場合には岩崎さんや三井さんにぜひひと奮発してもらわなければならぬ。がそれと同時に世の大方富豪が社会に対する徳義上の義務として、常に公共事業に尽されんことを望むのである。
現代語訳
こんなことを言っては富豪から憎まれるかもしれないが、実際、私たちでさえ先に述べたような理由からできるだけ尽くしているのに、どういうわけか世間の金持ちは引っ込み思案で困る。この間も、ある富豪に「あなたがたがもう少し社会に口を出してくださらなくては困る」と言うと、「どうも面倒くさくて」と言っておられたが、ただうるさいからといって引っ込んでおられては、私たちばかり躍起になっても、まったくうまくいかずに困るのである。現に私たちが先頭に立って明治神宮外苑の建設を企画している。これは代々木か青山あたりに、明治神宮の外苑として広大な公園のようなものを造り、帝国を中興した英明な君主である先帝(明治天皇)のご遺徳を永く後世に伝える記念図書館、あるいは各種の教育的な娯楽施設を造りたいというのが趣旨で、約四百万円の費用がかかる見込みである。こうした企ては社会教育の上から見てまことに適切な事業だと信じているが、さてこれだけの費用を集めるのは容易ではない。こういう場合には、岩崎さん(三菱)や三井さんにぜひひと奮発してもらわなければならない。しかしそれと同時に、世の多くの富豪が、社会に対する徳義上の義務として、常に公共事業に尽くしてくださることを望むのである。
解説
関連する章句
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『論語と算盤』仁義と富貴・防貧の第一要義そういう慈善救済事業は得て誠実を欠くもので、その結果はかえって悪人を造るような事になりがちである。とにかく陛下の大御心の存し給う所を思い、この際富豪諸氏は社会に対する自己の義務を完うせられたい。これ実に畏き聖旨に副い奉るのみか、二つには社会の秩序、国家の安寧を保持する上において、いかばかりか貢献することが多かろう。
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『論語と算盤』仁義と富貴・富豪と徳義上の義務だから自分がかく分限者になれたのも、一つは社会の恩だということを自覚し、社会の救済だとか、公共事業だとかいうものに対し、常に卒先して尽すようにすれば、社会はますます健全になる。それと同時に自分の資産運用もますます堅実になるという訳であるが、もし富豪が社会を無視し、社会を離れて富を維持し得るごとく考え、公共事業社会事業のごときを捨てて顧みなかったならば、ここに富豪と社会民人との衝突が起こる。富豪怨嗟の声はやがて社会主義となり、ストライキとなり、結局大不利益を招くようにならぬとも限らぬ。だから富を造るという一面には、常に社会的恩誼あるを思い、徳義上の義務として社会に尽すことを忘れてはならぬ。
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『論語と算盤』仁義と富貴・富豪と徳義上の義務私は過日某富豪の子息で大学を卒業したばかりのお人に面会した。これから社会に出るについて、色々ご注意にあずかりたいということであったので、私はその時こんな話をしてはあなたのお父さんに、渋沢は余計なことを言うと陰で恨まれるかも知らんがと冒頭して、次のような話をしました。今時の富豪はとかく引っ込み思案ばかりして、社会の事には誠に冷淡で困るが、富豪といえど自分独りで儲かった訳ではない。言わば社会から儲けさせてもらったようなものである。例えば地所をたくさん所有していると、空き地が多くて困るとか言っているが、その地所を借りて地代を納めるものは社会の人である。社会の人が働いて金儲けをし、事業が盛んになれば空き地も塞がり、地代もだんだん高くなるから、地主もしたがって儲かる訳だ。
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『論語と算盤』仁義と富貴・防貧の第一要義この秋に当たって、畏くも陛下は大御心を悩まし給い、御先例になき貧窮者御救恤の御下賜金を仰せ出ださせられた。この洪大無辺の聖旨に対し奉りて、富豪者は申し合わせぬまでも、心中には何とかして聖恩の万分の一にだも酬い奉らなくてはならぬと苦慮するであろう。これこそ余が三十年来一日も忘るる能わざりし願意で、言わば願望が今日ようやく達せられたというもの。しかしながら誠に長く心掛けて来たことだけに、有難き聖旨を承くるにつけても、前途が非常に明るくなった感じがして、心中の愉快はほとんど譬えようがない。けれどもここに懸念すべきはその救済の方法いかんについてである。それが適度に行わるればよいが、乞食がにわかに大名になったというような方法では、慈善が慈善でなく、救恤が救恤でなくなる。それからもう一つ注意したいのは、陛下の御心に副い奉らんがため、富豪が資金を慈善事業に投ずるにしても、出来心の慈善、見栄から来た慈善は決して宜しくないということである。
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『論語と算盤』仁義と富貴・富豪と徳義上の義務私は老人の冷や水と言いましょうか、はた老婆心と言いましょうか、この歳になっても国家社会のためには朝夕駆け回っております。自宅へも皆さんが種々な事を言って見えますが、それが必ずしも善いことばかりではありません。いな、寄附をしろの、資本を貸せの、学費を貸与してくれのと、随分理不尽なことを言って来る人もありますが、私はそれらの人々にことごとく会っています。世の中は広いから随分賢者もおれば偉い人もいる。それをうるさい善くない人が来るからと言って、玉石混淆して一様に断り、門戸を閉鎖してしまうようでは、ひとり賢者に対して礼を失するのみならず、社会に対する義務を完全に遂行することが出来ません。だから私はどなたに対しても城壁を設けず、充分誠意と礼譲とをもってお目にかかる。そしてもし無理な注文が出れば断るし、出来ることは尽してあげるようにする。昔支那の語に、「周公三たび哺を吐き、沛公三たび髪を梳る」ということがある。
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『論語と算盤』常識と習慣・悪んで其の美を知れなるほどそう言われて見ると、この評もあるいはしからんと、自ら思い当たることがないでもない。しかしながら余は別に自己の主義とする所があって、およそ世事に処するに当たっては、一身を立つると同時に社会の事に勤め、能う限り善事を殖やし、世の進歩を図りたいとの意念を抱持している。したがって単に自己の富とか、地位とか、子孫の繁栄とかいうものは第二に置き、もっぱら国家社会のために尽くさんことを主意とするものである。されば人のために謀って善をなすことに心掛け、すなわち人の能を助けて、それを適所に用いたいとの念慮が多いのである。この心掛けがそもそも世人から誤解を招くに至った所以ではあるまいか。
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