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論語と算盤 / 仁義と富貴・富豪と徳義上の義務

私は過日某富豪の子息で大学を卒業したばかりの御人に面会した、是から社会に出るに就て、色々御注意に与りたいと云ふことであつたので、私はその時斯んな話をしては貴方のお父さんに、渋沢は余計なことを云ふと蔭で恨まれるかも知らんがと冒頭して、次のやうな話をしました。今時の富豪は兎角引込思案ばかりして、社会の事には誠に冷淡で困るが、富豪といへど自分独りで儲かつた訳ではない、言は〻゙社会から儲けさせて貰つたやうなものである、例へば地所を沢山所有して居ると、空地が多くて困るとか言つて居るが、其の地所を借りて地代を納めるものは社会の人である、社会の人が働いて金儲けをし、事業が盛んになれば空地も塞がり、地代も段々高くなるから、地主も従つて儲かる訳だ、

書き下し

私は過日某富豪の子息で大学を卒業したばかりのお人に面会した。これから社会に出るについて、色々ご注意にあずかりたいということであったので、私はその時こんな話をしてはあなたのお父さんに、渋沢は余計なことを言うと陰で恨まれるかも知らんがと冒頭して、次のような話をしました。今時の富豪はとかく引っ込み思案ばかりして、社会の事には誠に冷淡で困るが、富豪といえど自分独りで儲かった訳ではない。言わば社会から儲けさせてもらったようなものである。例えば地所をたくさん所有していると、空き地が多くて困るとか言っているが、その地所を借りて地代を納めるものは社会の人である。社会の人が働いて金儲けをし、事業が盛んになれば空き地も塞がり、地代もだんだん高くなるから、地主もしたがって儲かる訳だ。

現代語訳

私は先日、ある富豪の息子で大学を卒業したばかりの人に面会した。これから社会に出るにあたって、いろいろ心得を聞かせてほしいということだったので、私はそのとき「こんな話をしては、あなたのお父さんに、渋沢は余計なことを言うと陰で恨まれるかもしれないが」と前置きして、次のような話をした。今どきの富豪はとかく引っ込み思案ばかりで、社会のことには実に冷淡で困る。しかし富豪といえども、自分一人の力で儲かったわけではない。言ってみれば、社会から儲けさせてもらったようなものである。たとえば土地をたくさん所有していると、空き地が多くて困るなどと言っているが、その土地を借りて地代を納めるのは社会の人々である。社会の人々が働いて金を儲け、事業が盛んになれば空き地もふさがり、地代もだんだん高くなるから、地主もそれにつれて儲かるわけだ。

解説

渋沢は富の出どころを、地主の地代という具体で説く。土地を持っているだけでは地代は上がらない。借りる人が働いて稼ぎ、事業が盛んになり、空き地が埋まってはじめて地代が上がり、地主が儲かる。富豪の富は、半分は社会がつくったものだという理屈である。これを卒業したばかりの富豪の子息に向かって、父親に恨まれるかもしれないと断ったうえで話している。相続で富を受け継ぐ若者にこそ、その富が自分の手柄ではないことを最初に教えておこうとしたのだろう。渋沢は東京養育院に半世紀以上関わって長く院長を務め、多くの慈善・公共事業のために寄付を集めて回った人である。その実感から出た言葉であって、抽象的な博愛論ではない。自社の売上も、顧客や取引先や地域の営みの上に立っている。そう考えれば、社会への還元は施しではなく、受け取ったものの返済に近い。

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