導師導古典を学びたいすべての人に

論語と算盤 / 仁義と富貴・防貧の第一要義

此秋に方つて、畏くも陛下は大御心を悩まし給ひ、御先例になき貧窮者御救恤の御下賜金を仰せ出ださせられた、此の洪大無辺の聖旨に対し奉りて、富豪者は申合せぬまでも、心中には何とかして聖恩の万分の一にだも酬い奉らなくてはならぬと苦慮するであらう、是こそ余が三十年来一日も忘る〻能はざりし願意で、言は〻゙願望が今日漸く達せられたといふもの、併しながら誠に長く心掛て来たことだけに、有難き聖旨を承くるにつけても、前途が非常に明くなつた感じがして、心中の愉快は殆んど譬へやうがない、けれども爰に懸念すべきは其の救済の方法如何に就て〻゙ある、それが適度に行るれば宜いが、乞食が俄に大名になつたといふやうな方法では、慈善が慈善でなく、救恤が救恤でなくなる、それからもう一つ注意したいのは、陛下の御心に副ひ奉らんが為め、富豪が資金を慈善事業に投ずるにしても、出来心の慈善、見栄から来た慈善は決して宜しくないといふことである、

書き下し

この秋に当たって、畏くも陛下は大御心を悩まし給い、御先例になき貧窮者御救恤の御下賜金を仰せ出ださせられた。この洪大無辺の聖旨に対し奉りて、富豪者は申し合わせぬまでも、心中には何とかして聖恩の万分の一にだも酬い奉らなくてはならぬと苦慮するであろう。これこそ余が三十年来一日も忘るる能わざりし願意で、言わば願望が今日ようやく達せられたというもの。しかしながら誠に長く心掛けて来たことだけに、有難き聖旨を承くるにつけても、前途が非常に明るくなった感じがして、心中の愉快はほとんど譬えようがない。けれどもここに懸念すべきはその救済の方法いかんについてである。それが適度に行わるればよいが、乞食がにわかに大名になったというような方法では、慈善が慈善でなく、救恤が救恤でなくなる。それからもう一つ注意したいのは、陛下の御心に副い奉らんがため、富豪が資金を慈善事業に投ずるにしても、出来心の慈善、見栄から来た慈善は決して宜しくないということである。

現代語訳

この時にあたって、恐れ多くも陛下(明治天皇)は大御心を痛められ、先例のない、貧窮者を救うための御下賜金を出すことを仰せ出された。この広大無辺の聖旨に対し、富豪たちは申し合わせるまでもなく、心の中では何とかして聖恩の万分の一にでも報い申し上げなければならないと苦慮するであろう。これこそ私が三十年来一日も忘れることのできなかった願いであって、いわば願望が今日ようやくかなったというものである。しかも、まことに長く心がけてきたことだけに、ありがたい聖旨を承るにつけても、前途がたいへん明るくなった感じがして、心中の愉快はほとんどたとえようがない。けれども、ここで気がかりなのは、その救済の方法がどうなるかである。それが適度に行われればよいが、乞食がにわかに大名になったというようなやり方では、慈善が慈善でなくなり、救恤が救恤でなくなる。それからもう一つ注意したいのは、陛下の御心に沿い申し上げようとして富豪が資金を慈善事業に投じるにしても、出来心の慈善、見栄から出た慈善は決してよくないということである。

解説

明治四十四年、明治天皇は施薬救療の勅語とともに御内帑金を下賜し、これをもとに恩賜財団済生会が設立された。この段はその時期の談話と見られる。渋沢は、三十年来の願いがかなったと喜びを隠さない。養育院をはじめ貧困者の救済に長く関わってきた彼にとって、皇室が救貧を国家の課題として示したことは大きな後押しだった。皇室への敬語を幾重にも重ねた書きぶりは、当時の言葉づかいそのものである。だが渋沢は喜びだけで終わらない。すぐに二つの懸念を述べる。一つは救済の方法で、乞食がにわかに大名になるような過剰な救済では、慈善が慈善でなくなる。もう一つは富豪の動機で、陛下の御心に沿うためという名目で寄付をしても、出来心や見栄から出た慈善はよくない、と言う。善い流れが生まれたときこそ、やり方と動機を点検せよ、という冷静さがある。寄付や社会貢献が話題になり、競い合うように行われるときにも、同じ問いが当てはまる。

関連する章句

古典の入門書『人生の教科書』の表紙

人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。

古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。

本の中身を見る
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)+師導1か月=700円 本を見る