論語と算盤 / 仁義と富貴・富豪と徳義上の義務
即ち周公といふ大政治家は、御飯を食べて居る時に訪問客があると、食べかけた御飯を吐き出して客を迎へて用件を聞く、客が帰ると復た御飯にか〻るが、そこへ来客があると復た御飯を吐き出して面会する、かくて一囘の食事中に三度も哺を吐いて来客に接するといふほど来客を優遇した、また沛公は漢八百年の基を開いた高祖であるが、此人も周公に私淑し、能く広く賢者に俟つといふ主義で、朝髪を梳いて居る時来客があると、髪を梳つたま〻引見する、三度髪を梳るといふのは、三度結ひかけた髪を中止してまで訪客に接するといふ、非常に客を歓迎するの意味を現はしたものである、私は敢て周公沛公の賢に比するといふ訳ではないが、広く賢者に俟つといふ意味で、何誰にでもお目に懸ることにして居る、然るに世間往々にして客を引見することを憶劫がる人が多い、否、富豪だとか名士だとか言はる〻階級の人には、殊に来客を厭ふの風が甚しいやうであるけれども、五月蠅とか憶劫だとか言つて引込んで居つては、国家社会に対して徳義上の義務を全うすることは出来まいと思ふ。
書き下し
すなわち周公という大政治家は、御飯を食べている時に訪問客があると、食べかけた御飯を吐き出して客を迎えて用件を聞く。客が帰るとまた御飯にかかるが、そこへ来客があるとまた御飯を吐き出して面会する。かくて一回の食事中に三度も哺を吐いて来客に接するというほど来客を優遇した。また沛公は漢八百年の基を開いた高祖であるが、この人も周公に私淑し、よく広く賢者に待つという主義で、朝髪を梳いている時来客があると、髪を梳ったまま引見する。三度髪を梳るというのは、三度結いかけた髪を中止してまで訪客に接するという、非常に客を歓迎するの意味を現したものである。私はあえて周公沛公の賢に比するという訳ではないが、広く賢者に待つという意味で、どなたにでもお目にかかることにしている。しかるに世間往々にして客を引見することを億劫がる人が多い。いな、富豪だとか名士だとか言わるる階級の人には、ことに来客を厭うの風が甚だしいようであるけれども、うるさいとか億劫だとか言って引っ込んでいては、国家社会に対して徳義上の義務を全うすることは出来まいと思う。
現代語訳
つまり周公という大政治家は、食事中に訪問客があると、食べかけの飯を吐き出して客を迎え、用件を聞いた。客が帰るとまた食事にかかるが、そこへまた来客があると、また飯を吐き出して面会する。こうして一度の食事の間に三度も口の中の飯を吐き出して来客に接するほど、客を厚くもてなした。また沛公は漢八百年の基礎を開いた高祖であるが、この人も周公をひそかに手本とし、広く賢者を待ち受けるという主義で、朝、髪を梳いているときに来客があると、髪を梳きかけたまま引見した。三度髪を梳るというのは、結いかけた髪を三度も中断してまで訪問客に接するということで、非常に客を歓迎する意味を表したものである。私は決して周公や沛公の賢さに自分をなぞらえるわけではないが、広く賢者を待つという意味で、誰にでもお目にかかることにしている。ところが世間には、客に会うのを億劫がる人が多い。いや、富豪だとか名士だとか言われる階級の人には、とりわけ来客を嫌う風がひどいようであるけれども、うるさいとか億劫だとか言って引っ込んでいては、国家社会に対する徳義上の義務を全うすることはできまいと思う。
解説
関連する章句
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『論語と算盤』仁義と富貴・富豪と徳義上の義務私は老人の冷や水と言いましょうか、はた老婆心と言いましょうか、この歳になっても国家社会のためには朝夕駆け回っております。自宅へも皆さんが種々な事を言って見えますが、それが必ずしも善いことばかりではありません。いな、寄附をしろの、資本を貸せの、学費を貸与してくれのと、随分理不尽なことを言って来る人もありますが、私はそれらの人々にことごとく会っています。世の中は広いから随分賢者もおれば偉い人もいる。それをうるさい善くない人が来るからと言って、玉石混淆して一様に断り、門戸を閉鎖してしまうようでは、ひとり賢者に対して礼を失するのみならず、社会に対する義務を完全に遂行することが出来ません。だから私はどなたに対しても城壁を設けず、充分誠意と礼譲とをもってお目にかかる。そしてもし無理な注文が出れば断るし、出来ることは尽してあげるようにする。昔支那の語に、「周公三たび哺を吐き、沛公三たび髪を梳る」ということがある。
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『顔氏家訓』風操昔者、周公は一沐に三たび髪を握り、一飯に三たび餐を吐き、以て白屋の士に接す。一日に見る所の者七十余人なり。晋の文公は沐を以て竪頭須を辞し、図反の誚り有るを致す。門に賓を停めざるは、古の貴ぶ所なり。教えを失うの家は、閽寺礼無く、或いは主君の寝食嗔怒を以て、客を拒みて未だ通ぜず。江南は深く以て恥と為す。黄門侍郎の裴之礼は、善く士大夫と為ると号す。此くの如きの輩有れば、賓に対して之を杖つ。其の門生僮僕、他人に接するに、折旋俯仰、辞色応対、粛敬ならざるは莫く、主と別無し。
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史記 魯周公世家周公伯禽を戒めて曰く、「我は文王の子、武王の弟、成王の叔父なり、我天下に於て亦た賤しからず。然れども我一たび沐するに三たび髪を捉り、一たび飯するに三たび哺を吐き、起ちて以て士を待つ、猶ほ天下の賢人を失はんことを恐る。子の魯に之くや、慎みて国を以て人に驕る無かれ」と。
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『論語と算盤』仁義と富貴・富豪と徳義上の義務だから自分がかく分限者になれたのも、一つは社会の恩だということを自覚し、社会の救済だとか、公共事業だとかいうものに対し、常に卒先して尽すようにすれば、社会はますます健全になる。それと同時に自分の資産運用もますます堅実になるという訳であるが、もし富豪が社会を無視し、社会を離れて富を維持し得るごとく考え、公共事業社会事業のごときを捨てて顧みなかったならば、ここに富豪と社会民人との衝突が起こる。富豪怨嗟の声はやがて社会主義となり、ストライキとなり、結局大不利益を招くようにならぬとも限らぬ。だから富を造るという一面には、常に社会的恩誼あるを思い、徳義上の義務として社会に尽すことを忘れてはならぬ。
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『論語と算盤』常識と習慣・悪んで其の美を知れ自己の懐抱する主義がこうであるから、面会を求めて来る人には必ず会うて談話する。知人としからざるとの別なく、自分に差し支えなければ、必ず面会して先方の注意と希望を聞くことにしている。それであるから来訪者の希望が道理にかなっていることと思う場合ならば、相手の何人たるを問わず、その人の希望をかなえてやる。
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説苑・敬慎昔成王周公を封ずるに、周公辞して受けず。乃ち周公の子伯禽を魯に封ず。将に辞し去らんとするに、周公之を戒めて曰わく、「去れ、子其れ魯国を以て士に驕ること無かれ。我は文王の子なり、武王の弟なり、今王の叔父なり。又天子を相く、吾天下に於ても亦た軽からず。然れども嘗て一沐に三たび髪を握り、一食に三たび哺を吐き、猶お天下の士を失わんことを恐る。吾之を聞く、徳行広大にして守るに恭を以てする者は栄え、土地博裕にして守るに倹を以てする者は安く、禄位尊盛にして守るに卑を以てする者は貴く、人衆兵強くして守るに畏を以てする者は勝ち、聡明睿智にして守るに愚を以てする者は益し、博聞多記にして守るに浅を以てする者は広し。此の六守は、皆謙徳なり。夫れ貴きこと天子と為り、富むこと四海を有つも、謙ならざれば天下に先んじて其の身を亡う、桀紂是れなり。慎まざるべけんや。故に易に曰わく、一道有り、大は以て天下を守るに足り、中は以て国家を守るに足り、小は以て其の身を守るに足る、謙の謂いなり。『夫れ天道は満を毀ちて謙に益し、地道は満を変じて謙に流し、鬼神は満を害して謙に福し、人道は満を悪みて謙を好む』と。是を以て衣成れば衽を欠き、宮成れば隅を欠き、屋成れば錯を加う。不成を示す者は、天道然るなり。易に曰わく、『謙は亨る、君子終わり有りて吉なり』と。詩に曰わく、『湯降ること遅からず、聖敬日に躋る』と。其れ之を戒めよ。子其れ魯国を以て士に驕ること無かれ」と。
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