論語と算盤 / 仁義と富貴・義利合一の信念を確立せよ
一は直接その病気の性質原因を研究し、之に適切な方剤を投ずるので、他の一方は出来るだけ身体諸機関を強壮ならしめて、仮令病毒の侵染に遇ふとも、立ち所に殺菌し得るだけの素質を養成して置くことである、所で、我我の立脚地からは、此の二者孰れに就くべきかと云ふに、元来実業に携はる者であるから、此の悪思想の病源病理を研究して、其の治療方法を講ずることは職分でない、寧ろ我々の執るべき務は国民平生の養生の側にあると思ふ、国民全部をして強健なる身体機関を養はしめて、如何なる病毒に遭ふとも決して侵害されることのないやうに養生を遂げしめなくてはならぬ、故に之が治療法、即ち危険思想防遏策に就て余が所信を披瀝し、以て一般世人、殊に実業家諸氏の考慮を促したいと思ふ。
書き下し
一は直接その病気の性質原因を研究し、これに適切な方剤を投ずるので、他の一方はできるだけ身体諸機関を強壮ならしめて、たとい病毒の侵染に遇うとも、たちどころに殺菌し得るだけの素質を養成しておくことである。ところで、我々の立脚地からは、この二者いずれに就くべきかと言うに、元来実業に携わる者であるから、この悪思想の病源病理を研究して、その治療方法を講ずることは職分でない。むしろ我々の執るべき務めは国民平生の養生の側にあると思う。国民全部をして強健なる身体機関を養わしめて、いかなる病毒に遭うとも決して侵害されることのないように養生を遂げしめなくてはならぬ。ゆえにこれが治療法、すなわち危険思想防遏策について余が所信を披瀝し、もって一般世人、ことに実業家諸氏の考慮を促したいと思う。
現代語訳
一つは、直接その病気の性質や原因を研究し、それに適した薬を投じる方法である。もう一つは、できるだけ身体の諸器官を丈夫にして、たとえ病毒に侵されてもたちどころに殺菌できるだけの素質を養っておく方法である。さて、我々の立場からは、この二つのどちらを取るべきかと言えば、もともと実業に携わる者であるから、この悪思想の病源や病理を研究して治療方法を講じることは職分ではない。むしろ我々の務めは、国民のふだんの養生の側にあると思う。国民全体に強健な身体を養わせ、どんな病毒に遭っても決して侵されることのないよう、養生を遂げさせなければならない。そこで、その治療法、すなわち危険思想を防ぐ策について私の信じるところを述べ、世の人々、とりわけ実業家諸氏に考えてもらいたいと思う。
解説
関連する章句
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『論語と算盤』仁義と富貴・義利合一の信念を確立せよしかるにこの場合に際し、もし実業家が我勝ちに私利私慾を計るに汲々として、世間はいかようになろうと、自分さえ利益すれば構わぬと言っていれば、社会はますます不健全となり、嫌悪すべき危険思想は徐々に蔓延するようになるに相違ない。果たしてしからば危険思想醸成の罪は、ひとえに実業家の双肩に負わねばならなくなる。ゆえに一般社会のためにこれを匡正せんとするならば、この際我々の職分として、極力仁義道徳によって利用厚生の道を進めて行くという方針を取り、義利合一の信念を確立するように勉めなくてはならぬ。富みながらかつ仁義を行い得る例はたくさんにある。義利合一に対する疑念は今日ただちに根本から一掃せねばならぬ。
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『論語と算盤』仁義と富貴・義利合一の信念を確立せよ社会の百事、利ある所には必ず何らかの弊害が伴うは数の免れざるもので、我が国が西洋文明を輸入して、大いに我が文化に貢献した一面においては、やはりその弊害を免るることは出来ない。すなわち我が国が世界的事物を取り入れてその恩沢に浴し、その幸福に均霑したと同時に、新しき世界的害毒の流入したことは争われぬ事実で、かの幸徳一輩が懐いていた危険思想のごときは、明らかにその一つであると言い得るのである。古来我が国にはあれほどの悪逆思想はいまだかつて無かった。しかるに今日そういう思想の発生するに至った所以は、我が国が世界的に立国の基礎を築いた結果で、また止むを得ざることではあるけれども、我が国にとっては最も恐るべく最も忌むべき病毒である。したがって我々国民たる者の責務として、いかにもしてこの病毒の根本的治療策を講じなくてはならぬ。思うにこの病毒の根治法にはおそらく二様の手段があろう。
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『論語と算盤』仁義と富貴・義利合一の信念を確立せよ孔孟教の根底を誤り伝えたる結果は、利用厚生に従事する実業家の精神をして、ほとんどすべてを利己主義たらしめ、その念頭に仁義もなければ道徳もなく、甚だしきに至っては法網をくぐられるだけくぐっても金儲けをしたいの一方にさせてしまった。したがって今日のいわゆる実業家の多くは、自分さえ儲ければ他人や世間はどうあろうと構わないという腹で、もし社会的および法律的の制裁が絶無としたならば、彼らは強奪すらしかねぬという情けない状態に陥っている。もし永くこの状態を押して行くとすれば、将来貧富の懸隔はますます甚だしくなり、社会はいよいよあさましい結果に立ち至る事と予想しなければならぬ。これまことに孔孟の訓えを誤り伝えたる学者が数百年来跋扈していた余毒である。とにかく世の中が進むにつれて、実業界においても生存競争がますます激しくなるは自然の結果と言ってよい。
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『論語と算盤』理想と迷信・廓清の急務なる所以旧に復って、治める方の人のみが道義を重んじ、生産殖利に従事する人はなるたけ制限して、ごく小さい範囲に棲息せしむるようにして行ったならば、その弊害を減ずることが出来るか知れないが、それでは国の富の進歩は止まってしまう。そこであくまで富を進め、富を擁護しつつ、その間に罪悪の伴わぬ神聖な富を作ろうとするには、どうしても一の守るべき主義を持たなければならぬ。それはすなわち私が常に言っている所の仁義道徳である。仁義道徳と生産殖利とは決して矛盾しない。だからその根本の理を明らかにして、かくすればこの位置を失わぬということを、我れ人共に十分に考究して、安んじてその道を行うことが出来たならば、あえて相率いて腐敗堕落に陥るということなく、国家的にも個人的にも、正しく富を増進することが出来ると信ずる。その方法として日常の事につき、かかる商売にはかくかく、かかる事業にはかくかくとここに詳述は出来ないが、
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『論語と算盤』理想と迷信・廓清の急務なる所以しからばいかにしてその廓清を計るべきであろう。一般に正当なる利益を進める方法を忘れ、いたずらに利欲の餓鬼となる結果、かくのごとき道徳を滅却するような状態に陥るということは、前に言った。しかしその行動を憎むの余り、生産利殖の根本をも塞ぐというまでに立ち至るのは、甚だ取らない。例えば男女の品行の甚だ猥褻に流れるのを嫌うて、自然の人情まで絶つということは、甚だ不条理なことでもあるし、また行われ難いことでもある。ついには生々の理を失ってしまうことになるのである。実業界の腐敗堕落に対しても、ただこれに対して攻撃戒飭を加えるという方にのみ力を尽すのが、適当なる廓清であるか否かはよほど注意すべき問題であって、あるいはかえってために国家の元気を喪い、国家の真実の富を毀損するような事にならぬとも言われぬ。廓清ということはなかなか難しい。
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『論語と算盤』理想と迷信・廓清の急務なる所以第一の根本たる道理なるものは必ず生産と一致するものである。そして富をなす方法手段は、第一に公益を旨とし、人を虐げるとか、人に害を与えるとか、人を欺くとか、あるいは偽りなどということのないようにしなければならぬ。かくて各々その職に従って尽すべきを尽し、道理を誤らず富を増して行くことであれば、いかに発展して行っても、他と相侵すとか相害することは起こらぬと思う。神聖なる富はかくて初めて得られ続けられるのである。
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