論語と算盤 / 仁義と富貴・義利合一の信念を確立せよ
社会の百事、利ある所には必ず何等かの弊害が伴ふは数の免れざるもので、我国が西洋文明を輸入して、大に我が文化に貢献した一面に於ては、矢張り其の弊害を免る〻ことは出来ない、即ち我国が世界的事物を取入れて其の恩沢に浴し、其の幸福に均霑したと同時に、新しき世界的害毒の流入したことは争はれぬ事実で、彼の幸徳一輩が懐いて居た危険思想の如きは、明かに其一つであると言ひ得るのである、古来我国にはあれ程の悪逆思想は未だ曾て無かつた、然るに今日さういふ思想の発生するに至つた所以は、我国が世界的に立国の基礎を築いた結果で、亦止むを得ざることではあるけれども、我国に取つては最も怖るべく最も忌むべき病毒である、従つて我々国民たる者の責務として、如何にもして此の病毒の根本的治療策を講じなくてはならぬ、惟ふに此の病毒の根治法には恐らく二様の手段があらう、
新字:社会の百事、利ある所には必ず何等かの弊害が伴ふは数の免れざるもので、我国が西洋文明を輸入して、大に我が文化に貢献した一面に於ては、矢張り其の弊害を免る〻ことは出来ない、即ち我国が世界的事物を取入れて其の恩沢に浴し、其の幸福に均霑したと同時に、新しき世界的害毒の流入したことは争はれぬ事実で、彼の幸徳一輩が懐いて居た危険思想の如きは、明かに其一つであると言ひ得るのである、古来我国にはあれ程の悪逆思想は未だ曽て無かつた、然るに今日さういふ思想の発生するに至つた所以は、我国が世界的に立国の基礎を築いた結果で、亦止むを得ざることではあるけれども、我国に取つては最も怖るべく最も忌むべき病毒である、従つて我々国民たる者の責務として、如何にもして此の病毒の根本的治療策を講じなくてはならぬ、惟ふに此の病毒の根治法には恐らく二様の手段があらう、
書き下し
社会の百事、利ある所には必ず何らかの弊害が伴うは数の免れざるもので、我が国が西洋文明を輸入して、大いに我が文化に貢献した一面においては、やはりその弊害を免るることは出来ない。すなわち我が国が世界的事物を取り入れてその恩沢に浴し、その幸福に均霑したと同時に、新しき世界的害毒の流入したことは争われぬ事実で、かの幸徳一輩が懐いていた危険思想のごときは、明らかにその一つであると言い得るのである。古来我が国にはあれほどの悪逆思想はいまだかつて無かった。しかるに今日そういう思想の発生するに至った所以は、我が国が世界的に立国の基礎を築いた結果で、また止むを得ざることではあるけれども、我が国にとっては最も恐るべく最も忌むべき病毒である。したがって我々国民たる者の責務として、いかにもしてこの病毒の根本的治療策を講じなくてはならぬ。思うにこの病毒の根治法にはおそらく二様の手段があろう。
現代語訳
社会のあらゆる事において、利のある所には必ず何らかの弊害が伴うのは避けられない定めであり、我が国が西洋文明を輸入して文化に大いに貢献した一面でも、やはりその弊害を免れることはできない。つまり我が国が世界の事物を取り入れてその恩恵に浴し、その幸福を分かち合ったのと同時に、新しい世界的な害毒が流れ込んだことも争えない事実であって、あの幸徳秋水らが抱いていた危険思想などは、明らかにその一つだと言える。昔から我が国には、あれほどの悪逆な思想はいまだかつてなかった。それなのに今日そういう思想が生まれるに至ったわけは、我が国が世界の中で立国の基礎を築いた結果であり、やむを得ないことではあるけれども、我が国にとっては最も恐るべき、最も忌むべき病毒である。したがって我々国民の責務として、どうにかしてこの病毒の根本的な治療策を講じなければならない。思うに、この病毒を根治する方法には、おそらく二通りの手段があるだろう。
解説
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『論語と算盤』仁義と富貴・義利合一の信念を確立せよしかるにこの場合に際し、もし実業家が我勝ちに私利私慾を計るに汲々として、世間はいかようになろうと、自分さえ利益すれば構わぬと言っていれば、社会はますます不健全となり、嫌悪すべき危険思想は徐々に蔓延するようになるに相違ない。果たしてしからば危険思想醸成の罪は、ひとえに実業家の双肩に負わねばならなくなる。ゆえに一般社会のためにこれを匡正せんとするならば、この際我々の職分として、極力仁義道徳によって利用厚生の道を進めて行くという方針を取り、義利合一の信念を確立するように勉めなくてはならぬ。富みながらかつ仁義を行い得る例はたくさんにある。義利合一に対する疑念は今日ただちに根本から一掃せねばならぬ。
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『論語と算盤』仁義と富貴・義利合一の信念を確立せよ一は直接その病気の性質原因を研究し、これに適切な方剤を投ずるので、他の一方はできるだけ身体諸機関を強壮ならしめて、たとい病毒の侵染に遇うとも、たちどころに殺菌し得るだけの素質を養成しておくことである。ところで、我々の立脚地からは、この二者いずれに就くべきかと言うに、元来実業に携わる者であるから、この悪思想の病源病理を研究して、その治療方法を講ずることは職分でない。むしろ我々の執るべき務めは国民平生の養生の側にあると思う。国民全部をして強健なる身体機関を養わしめて、いかなる病毒に遭うとも決して侵害されることのないように養生を遂げしめなくてはならぬ。ゆえにこれが治療法、すなわち危険思想防遏策について余が所信を披瀝し、もって一般世人、ことに実業家諸氏の考慮を促したいと思う。
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『論語と算盤』実業と士道・果して誰の責任ぞ維新以来物質的文明が急激なる発達をなしたるに反し、道徳の進歩がそれに伴わなかったので、世人はこの不釣合の現象に著しく注目して、商業道徳退歩というのであるとして見れば、仁義道徳の修養に心を用い、物質的進歩と互角の地位に進ませるが目下の急務には相違ないが、一面から考察して見ると、単に外国の風習ばかりを見て、直ちにこれを我が国に応用せんとすれば、あるいは不可能を免れぬこともある。
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『論語と算盤』仁義と富貴・義利合一の信念を確立せよ孔孟教の根底を誤り伝えたる結果は、利用厚生に従事する実業家の精神をして、ほとんどすべてを利己主義たらしめ、その念頭に仁義もなければ道徳もなく、甚だしきに至っては法網をくぐられるだけくぐっても金儲けをしたいの一方にさせてしまった。したがって今日のいわゆる実業家の多くは、自分さえ儲ければ他人や世間はどうあろうと構わないという腹で、もし社会的および法律的の制裁が絶無としたならば、彼らは強奪すらしかねぬという情けない状態に陥っている。もし永くこの状態を押して行くとすれば、将来貧富の懸隔はますます甚だしくなり、社会はいよいよあさましい結果に立ち至る事と予想しなければならぬ。これまことに孔孟の訓えを誤り伝えたる学者が数百年来跋扈していた余毒である。とにかく世の中が進むにつれて、実業界においても生存競争がますます激しくなるは自然の結果と言ってよい。
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『論語と算盤』理想と迷信・斯の如き矛盾を根絶すべし一体文明とはいかなる意義のものであるか、要するに今日の世界はまだ文明の足らないのであると思う。かく考えると、私は今日の世界に介在して将来我が国家をいかなる風に進行すべきか、また我々はいかに覚悟してよいか、やむ事を得ずばその渦中に入って弱肉強食を主張するよりほかの道はないか、ぜひこれに処する一定の主義を考定して、一般の国民と共にこれによって行くようにしたいと思う。
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『論語と算盤』理想と迷信・廓清の急務なる所以かくしてますます富を殖す方にのみ相挙って進む。そこで富む人はいよいよ富む。貧しい者も富を狙おうとする。仁義道徳は旧世紀の遺物として顧みない。むしろほとんどその何物たるかを知らぬ。ただ智識だけをもって自家の富を増すに汲々乎たる有様である。腐敗に傾き、溷濁に陥り、堕落混乱を来す。もとより怪しむに足らない。勢い廓清を叫ばなければならぬ事にもなるのである。
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