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論語と算盤 / 仁義と富貴・金力悪用の実例

概して御用商人といへば、兎角世間では何か罪悪を含み居るもの〻如く、悪感情を以て迎へ、あれは御用商人であるといふ、其語には厭な響を持つて居る、私共も御用商人と指し呼ばれたらば、甚だ心持が善くない、即ち御用商人といへば、金の力を以て権勢に媚びる者、而して廉潔実直の事のみをして居られぬ性質の業体の者だといふやうに一般の人に見做されて居るのは甚だ心外なことである、併しながら海外の其の道の者でも、又内地の其の道の者でも、私共の見る所では皆相当の資力ある人であつて、能く道理を弁へて居る、面目を重んじ信用を大切にする、斯様に自ら省みる底の人であれば、必ず是非善悪の判断に迷はぬ訳であるから、少々官府の人から如何はしい申出でがあつたからとて、オイソレと直ぐに応諾は為さないかと思はれる、

書き下し

概して御用商人といえば、とかく世間では何か罪悪を含みいるもののごとく、悪感情をもって迎え、あれは御用商人であるという、その語には嫌な響きを持っている。私どもも御用商人と指し呼ばれたらば、甚だ心持ちが善くない。すなわち御用商人といえば、金の力をもって権勢に媚びる者、そして廉潔実直の事のみをしておられぬ性質の業体の者だというように一般の人に見なされているのは甚だ心外なことである。しかしながら海外のその道の者でも、また内地のその道の者でも、私どもの見る所では皆相当の資力ある人であって、よく道理をわきまえている。面目を重んじ信用を大切にする。かように自ら省みる底の人であれば、必ず是非善悪の判断に迷わぬ訳であるから、少々官府の人からいかがわしい申出でがあったからとて、おいそれとすぐに応諾はなさないかと思われる。

現代語訳

おおよそ御用商人と言えば、とかく世間では何か罪悪を含んだもののように思われ、悪感情をもって迎えられ、「あれは御用商人だ」と言われる。その言葉には嫌な響きがある。私たちも御用商人と名指しされたら、はなはだ気持ちがよくない。つまり御用商人と言えば、金の力で権勢に媚びる者、しかも清廉実直なことばかりはしていられない性質の商売をする者だと一般の人に見なされているのは、はなはだ心外なことである。しかしながら、海外のその道の者でも国内のその道の者でも、私たちの見るところでは皆それ相応の資力のある人であって、よく道理をわきまえている。面目を重んじ、信用を大切にする。このように自らを省みるほどの人であれば、是非善悪の判断に迷うはずはないから、官庁の人から多少いかがわしい申し出があったとしても、おいそれとすぐに応じはしないだろうと思われる。

解説

シーメンス事件(大正三年=1914年に発覚した、海軍の艦艇・軍需品の調達をめぐる贈収賄事件)を受けて書かれた章の冒頭である。渋沢はまず、御用商人という言葉にまとわりつく悪い響きに異を唱える。官に物を納める商人は金で権勢に媚びる者だ、という世間の見方は心外だと言い、国内外を問わず、その道の者は資力もあり、面目と信用を重んじる人々のはずだと述べる。ここで彼は事件の当事者を弁護しているのではない。職業そのものを蔑むことと、個々の不正を責めることを分けているのである。官尊民卑の気風が強かった明治・大正に、民間の地位を高めることを生涯の課題とした渋沢らしい書き出しである。業界ごと色眼鏡で見られるとき、それを晴らすのは弁明ではなく一人ひとりの振る舞いだ、という含みがこの段にはある。

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