論語と算盤 / 仁義と富貴・罪は金銭にあらず
幸にして世間一般の進歩と共に金銭上の取扱も改まつて、利殖と道徳と離れまいとする傾向が増して来た、殊に欧米にては『真正なる富は正当なる活動によつて収得せらるべき者である』との観念が著々実行されて来て居るが、我国の青年諸君も深く此点に注意して、金銭上の禍に陥らず、倍〻道義と共に金銭の真価を利用する様に勉められん事を望むのである。
書き下し
幸いにして世間一般の進歩とともに金銭上の取り扱いも改まって、利殖と道徳と離れまいとする傾向が増して来た。ことに欧米にては「真正なる富は正当なる活動によって収得せらるべきものである」との観念が着々実行されて来ているが、我が国の青年諸君も深くこの点に注意して、金銭上の禍に陥らず、ますます道義とともに金銭の真価を利用するように勉められんことを望むのである。
現代語訳
幸いにして、世間一般の進歩とともに金銭の取り扱いも改まり、利殖と道徳とが離れまいとする傾向が増してきた。とりわけ欧米では、「真正な富は、正当な活動によって得られるべきものである」という考えが着々と実行されてきているが、わが国の青年諸君も深くこの点に注意して、金銭上の禍いに陥ることなく、いよいよ道義とともに金銭の真価を生かすように努められることを望むのである。
解説
章の結び、そして「仁義と富貴」の部の締めくくりである。世の進歩とともに、利殖と道徳が離れまいとする傾向が増してきた、と渋沢は述べる。欧米では、真正な富は正当な活動によって得られるべきものだという考えが実行されつつある。渋沢は明治三十五年と四十二年に米国を訪れ、各地の実業家と交流している。自ら築いた富を図書館や大学に投じる米国の富豪たちの姿は、彼にとって道徳と経済が両立しうることの具体的な証拠と映ったであろう。そのうえで渋沢は日本の青年に、金銭上の禍いに陥らず、道義とともに金銭の真価を活かせ、と呼びかける。章の題「罪は金銭にあらず」に照らせば、結論ははっきりしている。罪があるのは金銭ではなく、それを道義から切り離して扱う人間の側である。金銭を恐れて遠ざけるのでも、溺れるのでもなく、正しく得て正しく使う。その当たり前を貫くことが、若い世代への最後の注文なのである。
関連する章句
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『論語と算盤』仁義と富貴・罪は金銭にあらずしかし前述のごとく人情の弱点として、利慾の念よりともすれば富を先にして道義を後にする弊を生じ、過重の結果、金銭万能のごとく考えて、大切なる精神上の問題を忘れて、物質の奴隷となりやすいものであるが、かくなりては責めその人にありとは言うものの、金銭の禍を恐れてその価値を卑しく観るようになって、再びアリストテレスの言を繰り返さしむるに至るであろう。
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『論語と算盤』仁義と富貴・罪は金銭にあらずさらにまた「君子財多ければその徳を損し、小人財多ければその過を増す」というような意味の言を漢籍の中で読んだこともある。とにかく東洋古来の風習は、一般に金銭を卑しむこと甚だしいもので、君子は近づくべからざるもの、小人には恐るべきものとしたのであるが、畢竟貪婪飽くなき世俗の悪弊を矯めんとして、ついには極端に金銭を卑しむ様になったものと思われる。これらの説は青年諸君は深く注意を払わねばならぬ。
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『論語と算盤』仁義と富貴・罪は金銭にあらず昔は東洋ばかりでなく、西洋も一体に金銭を卑しむ風習が極端に行われたようであるが、これは経済に関することは、得失という点が先に立つものであるから、ある場合には謙譲とか清廉とかいう美徳を傷つけるように観えるので、常人は時としては過失に陥りやすいから、強くこれを警戒する心懸けより、かかる教えを説く人もありて、自然と一般に風習となったものであろうと思う。
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『論語と算盤』仁義と富貴・能く集め能く散ぜよしかるに世には貴ぶということを曲解して、ただ無闇にこれを吝しむ人がある。真に注意せねばならぬことである。金に対して戒むべきは濫費であると同時に、注意すべきは吝嗇である。よく集むるを知りてよく散ずることを知らねば、その極み守銭奴となるから、今日の青年は濫費者とならざらんことを勉むると同時に、守銭奴とならぬように注意せねばならぬのである。
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『論語と算盤』仁義と富貴・罪は金銭にあらず陶淵明は「盛年不重来、一日難再晨」と題し、朱子は「青年易老学難成、一寸光陰不可軽」と警めてあるごとく、ことさらに空想に耽り、誘惑に陥りやすき青年時代は、夢のごとくに過ぎ去ってしまうものである。余らが青年時代もまことに早く経過して、明日ありと思っていたうちに矢のごとく移り去った。今日になって後悔しても詮方のない事である。青年諸君は深くこの前車に注意して、余らの後悔の轍を踏まぬようにしてもらいたい。諸君の励精によりて、将来国家の運命に影響する所大なるものがあるから、従来相当の覚悟ある人も、さらにその臍を固めねばならぬのである。覚悟を新たにするについて注意すべき点は限りないのであるが、特に注意すべきは金銭の問題である。追々と社会の組織が複雑となって来るが、昔でさえ恒産なくして恒心を保つことは出来ぬと言われたくらいであるから、活気ある世務に処するほど、金銭問題に関して充分の覚悟がなくては、意外の失敗を演じ過失に陥ることがないとは限らぬ。
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『論語と算盤』仁義と富貴・真正の利殖法さりながらその利殖を図るものも、もしことごとく己れさえ利すれば、他はどうでもよかろうということをもって利殖を図って行ったならば、その事物はいかに相成るか。むずかしいことを言うようであるけれども、もし果たして前に述べたごとき有様であったならば、かの孟子の言う「何ぞ必ずしも利を曰わん、また仁義あるのみ」云々、「上下こもごも利を征りて国危うし」云々、「いやしくも義を後にして利を先にすることをせば、奪わずんば饜かず」となるのである。それゆえに真正の利殖は仁義道徳に基づかなければ、決して永続するものでないと私は考える。
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