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論語と算盤 / 仁義と富貴・防貧の第一要義

余は従来救貧事業は人道上より、将た又経済上より之を処理しなければならぬこと〻思うて居たが、今日に至つてはまた政治上よりも之を施行しなければ為らぬこと〻なつたと思ふ、余の友人は先年欧洲細民救助の方法を視察せんとして出発し、約そ一年半の日子を費して帰朝したが、余も此人の出発に就ては多少助力した点から、帰朝後同趣味の人を集めて、其の席上に報告演説を依嘱した、其人の語る所を聞いて見ると、英国の如きは此の事業完成の為に、殆んど三百年来苦心を継続して、今日僅かに整備するを得た、又「デンマルク」は英国以上に整頓して居るが、仏、独、米なぞは、今や各自各様に細民問題に力を注いで、一寸の猶予もないとのことである、而して海外の事情を見れば見るほど、久しい以前より自分共が力を注いで居た所に力を入れて居るやうに思はれる。

書き下し

余は従来救貧事業は人道上より、はたまた経済上よりこれを処理しなければならぬことと思っていたが、今日に至ってはまた政治上よりもこれを施行しなければならぬこととなったと思う。余の友人は先年欧州細民救助の方法を視察せんとして出発し、およそ一年半の日子を費やして帰朝したが、余もこの人の出発については多少助力した点から、帰朝後同趣味の人を集めて、その席上に報告演説を依嘱した。その人の語る所を聞いて見ると、英国のごときはこの事業完成のために、ほとんど三百年来苦心を継続して、今日わずかに整備するを得た。また「デンマルク」は英国以上に整頓しているが、仏、独、米なぞは、今や各自各様に細民問題に力を注いで、一寸の猶予もないとのことである。そして海外の事情を見れば見るほど、久しい以前より自分どもが力を注いでいた所に力を入れているように思われる。

現代語訳

私はこれまで、救貧事業は人道の面から、また経済の面から取り組まなければならないものだと思っていたが、今日では政治の面からも行わなければならないことになったと思う。私の友人が先年、ヨーロッパにおける貧民救助の方法を視察しようと出発し、およそ一年半を費やして帰国したが、私もこの人の出発に多少の援助をした縁から、帰国後、同じ関心を持つ人々を集めて、その席で報告の講演を頼んだ。その人の話を聞いてみると、英国などはこの事業を完成させるために、ほぼ三百年にわたって苦心を続け、今日ようやく整えることができた。また「デンマーク」は英国以上に整っているが、フランス、ドイツ、アメリカなどは、いまそれぞれのやり方で貧民問題に力を注いでいて、少しの猶予もない状態だということである。そして海外の事情を知れば知るほど、私たちがずっと以前から力を注いできたところに、各国も力を入れているように思われる。

解説

「防貧の第一要義」の章の書き出しである。渋沢は救貧事業を、人道と経済の問題であるだけでなく、政治の問題でもあると位置づける。背景には彼自身の長い関わりがある。渋沢は明治初年から東京の養育院の運営に携わり、生涯その院長を務めた。貧窮者、孤児、病者を収容するこの施設への公費支出が打ち切られそうになったときも、寄付を集めて存続させている。この段に登場する欧州視察の友人の名は、本文には記されていない。英国が救貧法以来三百年かけて制度を整え、デンマークはさらに整い、仏独米も力を注いでいる。その報告を聞いて、渋沢は自分たちが以前から取り組んできた方向と重なると感じた。慈善を個人の善意にとどめず、国の制度の問題として考える視点がここに現れている。細民という語は当時の行政用語で、今日の低所得層にあたる。社会課題への取り組みを、施しではなく仕組みとして設計する発想の先駆けと言える。

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