論語と算盤 / 常識と習慣・習慣の感染性と伝播力
兎角習慣は不用意の間に出来上るものであるから、大事に際しては其れを改めることが出来るのである、例へば、朝寝をする習慣の人が、常時はどうしても早起が出来ないけれども、戦争とか火事とかいふ場合に当りては、如何に寝坊でも必ず早起が出来るといふことから観ても、さう思はれるのである、然らば何故にさうなるかと云ふに、習慣は些細のことであるとして軽蔑し易いもので、日常それが吾儘に伴うて居るからである、左れば男女となく老若となく、心を留めて良習慣を養ふやうにしなければならぬのである。
書き下し
とかく習慣は不用意の間に出来上がるものであるから、大事に際してはそれを改めることが出来るのである。例えば、朝寝をする習慣の人が、常時はどうしても早起きが出来ないけれども、戦争とか火事とかいう場合に当たりては、いかに寝坊でも必ず早起きが出来るということから観ても、そう思われるのである。しからば何ゆえにそうなるかと言うに、習慣は些細のことであるとして軽蔑しやすいもので、日常それが我がままに伴っているからである。されば男女となく老若となく、心を留めて良習慣を養うようにしなければならぬのである。
現代語訳
とかく習慣というものは、気づかないうちに出来上がるものだから、大事に臨めばそれを改めることができる。たとえば、朝寝坊の習慣がある人は、ふだんはどうしても早起きができないが、戦争や火事といった場合には、どれほどの寝坊でも必ず早起きができる。このことから見ても、そう思われるのである。では、なぜそうなるのかと言えば、習慣は些細なことだとして軽んじやすく、日ごろそれがわがままと結びついているからである。だから男女を問わず老若を問わず、心に留めて良い習慣を養うようにしなければならないのである。
解説
章の結びで渋沢は、習慣が改められる理由と、改められずに残る理由を一つの例で示す。朝寝坊の人も、戦争や火事となれば必ず起きられる。つまり早起きができないのは能力の問題ではない。では平生なぜ起きられないのか。習慣を些細なことと軽んじ、それが日々のわがままと結びついているからだ、と彼は答える。この指摘は鋭い。悪習が続くのは、直す力がないからではなく、直さなくても困らないと見くびっているからである。前の段で克己心の不足を挙げたのと同じ筋で、習慣を小事と侮る心そのものが問題とされている。最後に「男女となく老若となく」と対象を広げているのも、この章が少年の教育論にとどまらず、あらゆる人の修養論であることを示す。非常時にだけ発揮される規律を、平時の習慣に移せるかどうか。それが組織でも個人でも問われている。
関連する章句
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『論語と算盤』常識と習慣・習慣の感染性と伝播力また習慣はただ一人の身体にのみ附随しているもので無く、他人に感染するもので、ややもすれば人は他人の習慣を模倣したがる。この他に広まらんとする力は、単に善事の習慣ばかりでなく、悪事の習慣も同様であるから、大いに警戒を要する次第である。言語動作のごときは、甲の習慣が乙に伝わり、乙の習慣が丙に伝わるような例は決して珍しくない。
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『論語と算盤』常識と習慣・習慣の感染性と伝播力由来習慣とは人の平生における所作が重なりて一つの固有性となるものであるから、それが自ずから心にも働きにも影響を及ぼし、悪いことの習慣を多く持つものは悪人となり、良いことの習慣を多くつけている人は善人となると言ったように、ついにはその人の人格にも関係して来るものである。ゆえに何人も平素心して良習慣を養うことは、人として世に処する上に大切なことであろう。
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『論語と算盤』常識と習慣・習慣の感染性と伝播力余の経験によれば、習慣は老人になってもやはり重んぜねばならぬと考える。それは青年時代の悪習慣も、老後の今日に至って努力すれば改められるものであるから、今日のごとく日に新たなる世に処しては、なおさらこの心を持って自重して行かねばならぬのである。
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『論語と算盤』常識と習慣・習慣の感染性と伝播力ことに習慣は少年時代が大切であろうと思う。記憶の方から言っても、少年時代の若い頭脳に記憶したことは、老後に至っても多く頭脳の中に明確に存している。余のごときもいかなる時の事をよく記憶しているかと言えば、やはり少年時代のことで、経書でも歴史でも、少年の時に読んだことを最もよく覚えている。昨今いくら読んでも、その方は読む先から皆忘れてしまう。そういう訳であるから習慣も少年時代が最も大切で、一度習慣となったなら、それは固有性となって終生変わることはない。のみならず、幼少の頃から青年期を通じては、非常に習慣の着きやすい時である。それゆえにこの時期を外さず良習慣をつけ、それをして固性とするようにしたいものである。余は青年時代に家出して天下を流浪し、比較的放縦な生活をしたことが習慣となって、後年まで悪習慣が直らなくて困ったが、日々悪い習慣を直したいとの一念から、大部分はこれを矯正することが出来たつもりである。悪いと知りつつ改められぬのは、つまり克己心の足らぬのである。
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『論語と算盤』常識と習慣・人生は努力にあり怠惰はどこまでも怠惰に終わるものであって、決して怠惰から好結果が生まれることは断じてない。すなわち坐っていれば立ち働くより楽なようであるが、久しきにわたると膝が痛んで来る。それで寝転ぶと楽であろうと思うが、これも久しきにわたると腰が痛み出す。怠惰の結果はやはり怠惰で、それがますます甚だしくなるくらいが落ちである。ゆえに人は良き習慣を造らねばならぬ。すなわち勤務努力の習慣を得るようにせねばならぬ。
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『論語と算盤』常識と習慣・習慣の感染性と伝播力著しい例証を挙ぐれば、近来新聞紙上に折々新文字が見える。一日甲の新聞にその文字が登載されたかと思うと、それがたちまち乙丙丁の新聞に伝載され、ついには社会一般の言語として誰しも怪しまぬことになる。かの「ハイカラ」とか「成金」とかいう言葉はすなわちその一例である。婦女子の言葉などもやはりそうで、近頃の女学生がしきりに「よくってよ」とか「そうだわ」とかいう類の言語を用いるのも、ある種の習慣が伝播したものと言って差支えない。また昔日はなかった「実業」という文字のごときも、今日はもはや習慣となり、実業といえばただちに商工業のことを思わせるようになって来た。かの「壮士」という文字なども、字面から見れば壮年の人でなければならぬはずであるのに、今日では老人を指しても壮士といい、誰一人それを怪しむものなきに至っている。もって習慣がいかに感染性と伝播力とを持っているかを察知するに足るであろう。そしてこの事実より推測する時は、一人の習慣はついに天下の習慣となりかねまじき勢いであるから、習慣に対しては深い注意を払うとともに、また自重してもらわねばならぬのである。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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