韓非子 / 喻老第二十一
今先王之義勝,故肥。」是以志之難也,不在勝人,在自勝也。故曰:「自勝之謂強。
書き下し
志の難きは、人に勝つに在らず、自ら勝つに在り。故に曰く、「自ら勝つを之れ強と謂う。」
現代語訳
志を貫くことの難しさは、他人(競争相手)に勝つことにあるのではない、自分自身(の欲望)に勝つことにある。だから「自分に勝つこと(克己)を強(真の強さ)という」。
解説
子夏は「(出世や富貴といった)外の楽しみ」と「(先王の)内なる義」が心の中で戦っていた。彼は内なる義(先王の義)が欲望(富貴の楽しみ)に打ち勝った(自勝)時、真の安定(肥えたり)を得た。 リーダーにとっての真の「強さ」とは、市場(人)で勝つこと以上に、自らの私利私欲や短期的な誘惑(富貴)に打ち勝ち、組織の理念(義)を貫く「克己心(自勝)」である。
この章句が説くこと
克己心インテグリティリーダーの強さ短期的利益と長期的利益価値観
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『論語と算盤』常識と習慣・習慣の感染性と伝播力ことに習慣は少年時代が大切であろうと思う。記憶の方から言っても、少年時代の若い頭脳に記憶したことは、老後に至っても多く頭脳の中に明確に存している。余のごときもいかなる時の事をよく記憶しているかと言えば、やはり少年時代のことで、経書でも歴史でも、少年の時に読んだことを最もよく覚えている。昨今いくら読んでも、その方は読む先から皆忘れてしまう。そういう訳であるから習慣も少年時代が最も大切で、一度習慣となったなら、それは固有性となって終生変わることはない。のみならず、幼少の頃から青年期を通じては、非常に習慣の着きやすい時である。それゆえにこの時期を外さず良習慣をつけ、それをして固性とするようにしたいものである。余は青年時代に家出して天下を流浪し、比較的放縦な生活をしたことが習慣となって、後年まで悪習慣が直らなくて困ったが、日々悪い習慣を直したいとの一念から、大部分はこれを矯正することが出来たつもりである。悪いと知りつつ改められぬのは、つまり克己心の足らぬのである。
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『論語と算盤』常識と習慣・習慣の感染性と伝播力また習慣はただ一人の身体にのみ附随しているもので無く、他人に感染するもので、ややもすれば人は他人の習慣を模倣したがる。この他に広まらんとする力は、単に善事の習慣ばかりでなく、悪事の習慣も同様であるから、大いに警戒を要する次第である。言語動作のごときは、甲の習慣が乙に伝わり、乙の習慣が丙に伝わるような例は決して珍しくない。
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論語・述而篇子曰わく、疏食を飯し、水を飲み、肱を曲げてこれを枕とす。楽もまたその中に在り。不義にして富み且つ貴きは、我に於いて浮雲の如し。
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論語・述而篇子曰く、甚だしいかな、吾が衰えたるや。久しいかな、吾復た夢に周公を見ず。
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『論語と算盤』常識と習慣・習慣の感染性と伝播力とかく習慣は不用意の間に出来上がるものであるから、大事に際してはそれを改めることが出来るのである。例えば、朝寝をする習慣の人が、常時はどうしても早起きが出来ないけれども、戦争とか火事とかいう場合に当たりては、いかに寝坊でも必ず早起きが出来るということから観ても、そう思われるのである。しからば何ゆえにそうなるかと言うに、習慣は些細のことであるとして軽蔑しやすいもので、日常それが我がままに伴っているからである。されば男女となく老若となく、心を留めて良習慣を養うようにしなければならぬのである。
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『韓非子』解老第二十所謂方とは、内外相應ずるなり、言行相稱うなり。
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