論語と算盤 / 立志と学問・一生涯に歩むべき道
余は十七歳の時武士になりたいとの志を立てた、と言ふものは其頃の実業家は一途に百姓町人と卑下されて、世の中からは殆んど人間以下の取扱を受け、謂ゆる歯牙にも掛けられぬといふ有様であつた、而して家柄といふものが無闇に重んぜられ、武門に生れさへすれば智能のない人間でも、社会の上位を占めて恣に権勢を張ることが出来たのであるが、余は抑もこれが甚だ癪に障り、同く人間と生れ出た甲斐には、何が何でも武士にならなくては駄目であると考へた、其頃余は少しく漢学を修めて居たのであつたが、日本外史などを読むにつけ、政権が朝廷から武門に移つた径路を審かにするやうになつてからは、其所に慷慨の気といふやうな分子も生じて、百姓町人として終るのが如何にも情なく感ぜられ、愈〻武士にならうといふ念を一層強めた、而して其の目的も武士になつて見たいといふ位の単純のものでは無かつた、
書き下し
余は十七歳の時武士になりたいとの志を立てた。というものはその頃の実業家は一途に百姓町人と卑下されて、世の中からはほとんど人間以下の取扱いを受け、いわゆる歯牙にも掛けられぬという有様であった。そして家柄というものがむやみに重んぜられ、武門に生まれさえすれば智能のない人間でも、社会の上位を占めてほしいままに権勢を張ることが出来たのであるが、余はそもそもこれが甚だ癪に障り、同じく人間と生まれ出た甲斐には、何が何でも武士にならなくては駄目であると考えた。その頃余は少しく漢学を修めていたのであったが、日本外史などを読むにつけ、政権が朝廷から武門に移った径路をつまびらかにするようになってからは、そこに慷慨の気というような分子も生じて、百姓町人として終わるのがいかにも情けなく感ぜられ、いよいよ武士になろうという念を一層強めた。そしてその目的も武士になって見たいというくらいの単純のものではなかった。
現代語訳
私は十七歳のとき、武士になりたいという志を立てた。というのも、その頃の実業家はひたすら百姓・町人と見下され、世の中からはほとんど人間以下の扱いを受け、いわゆる歯牙にもかけられないという有様だった。しかも家柄というものがむやみに重んじられ、武家に生まれさえすれば、知恵も能力もない人間でも社会の上位を占めて、思うままに権勢をふるうことができた。私はそもそもこれがひどく癪にさわり、同じ人間として生まれてきた甲斐には、何が何でも武士にならなくては駄目だと考えた。その頃、私は少しばかり漢学を学んでいたのだが、『日本外史』などを読むにつけて、政権が朝廷から武家に移った経緯を詳しく知るようになってからは、そこに世を憤り嘆く気持ちのようなものも生まれて、百姓・町人として一生を終わるのがいかにも情けなく感じられ、いよいよ武士になろうという思いをいっそう強めた。しかもその目的も、武士になってみたいという程度の単純なものではなかった。
解説
関連する章句
-
『論語と算盤』立志と学問・一生涯に歩むべき道自白すれば、余の志は青年期においてしばしば動いた。最後に実業界に身を立てようと志したのがようやく明治四五年の頃のことで、今日より追想すればこの時が余にとって真の立志であったと思う。元来自己の性質才能から考えて見ても、政界に身を投じようなどとは、むしろ短所に向かって突進するようなものだと、この時ようやく気がついたのであったが、それと同時に感じたことは、欧米諸邦が当時のごとき隆昌をいたしたのは、まったく商工業の発達している所以である、日本も現状のままを維持するだけでは、いつの世か彼らと比肩し得るの時代が来よう、国家のために商工業の発達を図りたい、という考えが起こって、ここに始めて実業界の人となろうとの決心がついたのであった。そしてこの時の立志が後の四十余年を一貫して変ぜずに来たのであるから、余にとっての真の立志はこの時であったのだ。
-
『論語と算盤』立志と学問・一生涯に歩むべき道武士となると同時に、当時の政体をどうにか動かすことは出来ないものであろうか、今日の言葉を借りて言えば、政治家として国政に参与して見たいという大望を抱いたのであったが、そもそもこれが郷里を離れて四方を流浪するという間違いをしでかした原因であった。かくて後年大蔵省に出仕するまでの十数年間というものは、余が今日の位置から見れば、ほとんど無意味に空費したようなものであったから、今この事を追憶するだになお痛恨に堪えぬ次第である。
-
『論語と算盤』立志と学問・大立志と小立志との調和またそれと同時に、自分の境遇がその志を遂ぐることを許すや否やを深く考慮することも必要で、例えば、身体も強壮、頭脳も明晰であるから、学問で一生を送りたいとの志を立てても、これに資力が伴わなければ、思うようにやり遂げることは困難であるというようなこともあるから、これならばいずれから見ても、一生を貫いてやることが出来るという確かな見込みの立った所で、初めてその方針を確定するがよい。しかるにさほどまでの熟慮考察を経ずして、ちょっとした世間の景気に乗じ、うかと志を立てて駆け出すような者もよくあるけれども、これでは到底末の遂げられるものではないと思う。
-
『論語と算盤』立志と学問・一生涯に歩むべき道思うにそれ以前の立志は、自分の才能に不相応な、身の程を知らぬ立志であったから、しばしば変動を余儀なくされたに相違ない。それと同時にその後の立志が、四十余年を通じて不変のものであった所から見れば、これこそ真に自分の素質にもかない、才能にも応じた立志であったことが窺い知られるのである。しかしながらもし自分に己を知るの明があって、十五六歳の頃から本当の志が立ち、初めから商工業に向かって行っていたならば、後年実業界に踏み込んだ三十歳頃までには、十四五年の長日月があったのであるから、その間には商工業に関する素養も十分に積むことが出来たに相違なかろう。仮にそうであったとすれば、あるいは実業界における現在の渋沢以上の渋沢を見出されるようになったかも知れない。けれども惜しいかな、青年時代の客気に誤られて、肝腎の修養期をまったく方角違いの仕事に徒費してしまった。これにつけてもまさに志を立てんとする青年は、よろしく前車の覆轍をもって後車の戒めとするがよいと思う。
-
『論語と算盤』実業と士道・武士道は即ち実業道なりいやしくも世に処し身を立てようと志すならば、その職業の何たるを問わず、身分の如何を顧みず、終始自力を本位として須臾も道に背かざることに意を専らにし、然る後に自ら富みかつ栄ゆるの計を怠らざるこそ、真の人間の意義あり価値ある生活ということが出来よう。今や武士道は移してもって実業道とするがよい。日本人はあくまで大和魂の権化たる武士道をもって立たねばならぬ。商業にまれ工業にまれ、この心をもって心とせば、戦争において日本が常に世界の優位を占めつつあるごとく、商工業においてもまた世界に勇を競うに至られるのである。
-
『論語と算盤』立志と学問・大立志と小立志との調和これを要するに、立志は人生という建築の骨子で、小立志はその修飾であるから、最初にそれらの組合せをしっかと考えてかからなければ、後日に至って折角の建築が半途で毀れるようなことにならぬとも限らぬ。かくのごとく立志は人生にとって大切の出発点であるから、何人も軽々に看過することは出来ぬのである。立志の要はよく己を知り、身の程を考え、それに応じて適当なる方針を決定する以外にないのである。誰もよくその程を計って進むように心掛けるならば、人生の行路において間違いの起こる筈は万々ないことと信ずる。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る