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論語と算盤 / 立志と学問・大立志と小立志との調和

又それと同時に、自分の境遇が其の志を遂ぐることを許すや否やを深く考慮することも必要で、例へば、身体も強壮、頭脳も明晰であるから、学問で一生を送りたいとの志を立て〻も、これに資力が伴はなければ、思ふやうに遣り遂げることは困難であると云ふやうなこともあるから、是ならば孰れから見ても、一生を貫いて遣ることが出来るといふ確かな見込みの立つた所で、初めて其の方針を確定するが可い、然るに左程までの熟慮考察を経ずして、一寸した世間の景気に乗じ、浮と志を立て〻駈出すやうな者もよくあるけれども、これでは到底末の遂げられるものではないと思ふ。

書き下し

またそれと同時に、自分の境遇がその志を遂ぐることを許すや否やを深く考慮することも必要で、例えば、身体も強壮、頭脳も明晰であるから、学問で一生を送りたいとの志を立てても、これに資力が伴わなければ、思うようにやり遂げることは困難であるというようなこともあるから、これならばいずれから見ても、一生を貫いてやることが出来るという確かな見込みの立った所で、初めてその方針を確定するがよい。しかるにさほどまでの熟慮考察を経ずして、ちょっとした世間の景気に乗じ、うかと志を立てて駆け出すような者もよくあるけれども、これでは到底末の遂げられるものではないと思う。

現代語訳

またそれと同時に、自分の境遇がその志を遂げることを許すかどうかを深く考えることも必要である。たとえば、体も丈夫で頭も明晰だから学問で一生を送りたいという志を立てても、それに資力がともなわなければ、思うようにやり遂げるのは難しい、ということもある。だから、これならどこから見ても一生を貫いてやり通せるという確かな見込みが立ったところで、はじめてその方針を確定するのがよい。ところが、それほどまで深く考えることもなく、ちょっとした世間の景気に乗って、うかうかと志を立てて駆け出すような者もよくいるが、これではとうてい最後までやり遂げられるものではないと思う。

解説

長所に合うだけでは足りない、境遇が許すかも見よ、という一段である。渋沢の挙げる例が現実的だ。体も頭も学問向きでも、資力がなければ学問で一生は送れない。志を語る文章で金の話を正面から出すのは、いかにも算盤の人らしい。ここで言う境遇は、家の事情、資金、時代の状況などを広く含む。渋沢自身、農家の長男として家業の藍玉の商いを背負う立場にありながら、武士になる志を立てて郷里を出た。その志が十数年のあいだ転々としたことは、同じ部の「一生涯に歩むべき道」で本人が悔いている。「一寸した世間の景気に乗じ」て駆け出す者への戒めには、その経験がにじむ。能力と条件の両方が一生分そろうと見込めたときに、はじめて方針を決めよ。慎重すぎると見えるほどの手順が、渋沢の結論である。

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