論語と算盤 / 立志と学問・社会と学問との関係
学問と社会とは左程大なる相違のあるものではないが、学生時代の予想が余りに過大であるから、面倒なる活社会の状態を実見して、意外の感を催すものである、今日の社会は昔とは異なりて、種々複雑となつて居るから、学問に於ても多くの科目に分れて政治、経済、法律、文学、又は農とか商とか工とかいふが如く区別され、而かも其の各分科の中に於ても、工科の中に電気、蒸気、造船、建築、採鉱、冶金などの各分科があり、比較的単純に見える文学でも、哲学とか歴史とか種々に分かれて、教育に従事するもの、小説を作るもの、各〻其の希望に従つて甚だ複雑多岐である、故に実際の社会に於て各自の活動する筋道も、学校に在りし時、机上に於て見た如く分明でないから、兎もすれば迷ひ易く誤り勝になる、学生は常に是等の点に注意して、大体に眼を著け大局を誤らずして、自己の立脚地を見定めねばならぬ、即ち自己の立場と他人の立場とを、相対的に見ることを忘れてはならぬ。
書き下し
学問と社会とはさほど大なる相違のあるものではないが、学生時代の予想があまりに過大であるから、面倒なる活社会の状態を実見して、意外の感を催すものである。今日の社会は昔とは異なりて、種々複雑となっているから、学問においても多くの科目に分かれて政治、経済、法律、文学、または農とか商とか工とかいうがごとく区別され、しかもその各分科の中においても、工科の中に電気、蒸気、造船、建築、採鉱、冶金などの各分科があり、比較的単純に見える文学でも、哲学とか歴史とか種々に分かれて、教育に従事するもの、小説を作るもの、各々その希望に従ってはなはだ複雑多岐である。ゆえに実際の社会において各自の活動する筋道も、学校にありし時、机上において見たごとく分明でないから、ともすれば迷いやすく誤りがちになる。学生は常にこれらの点に注意して、大体に眼を著け大局を誤らずして、自己の立脚地を見定めねばならぬ。すなわち自己の立場と他人の立場とを、相対的に見ることを忘れてはならぬ。
現代語訳
学問と社会とは、それほど大きな違いのあるものではない。しかし学生時代の予想があまりに大きすぎるので、面倒な実社会の状態を実際に見て、意外な感じを抱くのである。今日の社会は昔と違って、いろいろと複雑になっているから、学問も多くの科目に分かれ、政治、経済、法律、文学、あるいは農、商、工というように区別されている。しかもそれぞれの分科のなかでも、工科には電気、蒸気、造船、建築、採鉱、冶金などの分科があり、比較的単純に見える文学でも、哲学や歴史などさまざまに分かれ、教育に携わる者、小説を書く者など、それぞれの希望に従って、はなはだ複雑多岐である。だから実際の社会で各自が活動していく筋道も、学校にいたころ机の上で見たようにははっきりしておらず、ともすれば迷いやすく、誤りがちになる。学生はいつもこうした点に注意して、全体に目をつけ、大局を誤らずに、自分の立つべき足場を見定めなければならない。つまり、自分の立場と他人の立場とを、相対的に見ることを忘れてはならないのである。
解説
関連する章句
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『論語と算盤』立志と学問・社会と学問との関係元来人情の通弊として、とかくに功を急ぎ大局を忘れて、勢い事物に拘泥し、わずかな成功に満足するかと思えば、さほどでもない失敗に落胆する者が多い。学校卒業生が社会の実務を軽視し、実際上の問題を誤解するのも、多くはこのためである。ぜひともこの誤れる考えは改めねばならぬが、その参考として学問と社会との関係を考察すべき例を挙げると。
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『論語と算盤』立志と学問・社会と学問との関係この一例は、学問と社会との関係の上に応用して考えて見ると、直ちに了解し得る事と思うが、とにかく、社会の事物の複雑なることを、前もって充分に会得して、いかに用意していても、実際には意外なことが多いものであるから、学生は平常一層の注意を払って研究しておかねばならぬのである。
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『論語と算盤』立志と学問・社会と学問との関係あたかも地図を見る時と実地を歩行する時とのごときものである。地図をひらいて眼を注げば、世界もただ一目の下に在る、一国一郷は指顧の間にあるごとくに見える。参謀本部の製図は随分詳密なもので、小川小丘から土地の高低傾斜までも明らかに分かるように出来ているが、それでも実際と比較して見ると、予想外のことが多い。それを深く考慮せず、充分に熟知したつもりで、いよいよ実地に踏み出して見ると、茫漠として大いに迷う。山は高く谷は深し、森林は連なり、河は広く流るるという間に、道を尋ねて進むと、高岳に出会い、いくら登っても頂上に達し得ぬ。あるいは大河に遮られて途方に暮れることもあろうし、道路が迂回して容易に進まれぬこともある。あるいは深い谷に入っていつ出ることが出来るかと思うこともある。到る処に困難なる場所を発見する。もしこの際十分の信念がなく、大局を観るの明がないなら、失望落胆して勇気は出ず、自暴自棄に陥って、野山の差別なく狂い回るごとき事となって、ついには不幸なる終わりを見るであろう。
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『論語と算盤』教育と情誼・現代教育の得失ゆえに一般の青年は、自己の資力に応じて小学校を卒業すると、それぞれの専門教育に投じて実際的技術を修むべきである。また高等の教育を受くる者も、なお中学時代において、将来はいかなる専門学科を修むべきかという、確然たる目的を定むることが必要である。浅薄なる虚栄心のために修学の法を誤らば、これ実に青年の一身を誤るのみならず、国家元気の衰退を招く基となるのである。
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『論語と算盤』教育と情誼・現代教育の得失一体現代の青年は学問を修める目的を誤っている。論語にも「古の学者は己のためにし、今の学者は人のためにす」と言って嘆じてあるが、移してもって今の時代に当てはめることが出来る。今の青年はただ学問のために学問をしているのである。初めより確然たる目的なく漠然と学問する結果、実際社会に出てから、我は何のために学びしやというがごとき疑惑に襲われる青年が往々にしてある。学問すれば誰でも皆偉い者になれる、という一種の迷信のために、自己の境遇生活状態をも顧みないで、分不相応の学問をする結果、後悔するがごときことがあるのである。
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『論語と算盤』立志と学問・大立志と小立志との調和生まれながらの聖人なら知らぬこと、我々凡人は志を立てるに当たっても、とかく迷いやすいのが常である。あるいは眼前社会の風潮に動かされ、あるいは一時周囲の事情に制せられて、自分の本領でもない方面へ浮々と乗り出す者が多いようであるけれども、これでは真に志を立てた者とは言われない。ことに今日のごとく世の中が秩序立って来ては、一度立てた志を中途から他に転ずるなどのことがあっては非常の不利益が伴うから、立志の当初最も慎重に意を用いるの必要がある。その工夫としてはまず自己の頭脳を冷静にし、しかる後自分の長所とするところ、短所とするところを精細に比較考察し、その最も長ずる所に向かって志を定めるがよい。
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