論語 / 子罕篇
達巷黨人曰:「大哉孔子!博學而無所成名。」子聞之,謂門弟子曰:「吾何執?執御乎?執射乎?吾執御矣!」
新字:達巷党人曰:「大哉孔子!博学而無所成名。」子聞之,謂門弟子曰:「吾何執?執御乎?執射乎?吾執御矣!」
書き下し
達巷の党人曰く、「大なるかな孔子。博く学びて名を成す所無し。」子之を聞き、門弟子に謂いて曰く、「吾何を執らんか。御を執らんか、射を執らんか。吾は御を執らん。」
現代語訳
達巷の村の人が言った。「偉大なことだ、孔子は。広く学んでいるが、何か一つの専門で名をあげているわけではない。」先生はこれを聞いて、門下の弟子たちにおっしゃった。「私は何を専門にしようか。御者をしようか。弓を専門にしようか。私は御者をしよう。」
解説
村人の言葉は賛辞と皮肉が混じっている。何でも知っているが、看板になる一芸が無い、と。孔子はむきにならず、冗談で返した。では御者にでもなろうか、と。しかも弓ではなく御を選んだ。弓は自分の腕を見せる技、御は人と馬を御して人を運ぶ技である。目立たないほうを選んだところに、孔子の自己認識が見える。専門を持たないという批判は、統合を仕事にする人が必ず受けるものだ。一芸で名を成した人は分かりやすく、全体を見て人を動かす人の仕事は説明しにくい。経営者や管理職の仕事はまさにこれで、成果は他人の働きの中に溶けている。御を選ぶという返答は、その立場の引き受け方として鮮やかである。

人生を、一行の式にしてみた。
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本の中身を見るこの章句が説くこと
専門統合御自己認識批判
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自警録・第二章 一人前の人と一人前の仕事・要は人は業なり(1)かくいったからとて僕は専門に集中することをやめて、人間一人並みになるには、あれも少し、これも少しと音楽も商売も政治も踊も大弓もやれというにはあらぬ。仕事するにはよろしく専門的であるべしと僕は確信している。堂に昇らばよろしく室にも入るを要する。しかして甲がその専門についてある点まで上達すれば、乙がまた他の専門についてある点に達するに比べて専門がいかに違っても、各自の造詣は深さ高さによりて測り、たしかに某は何の道においては人並み以上なりということが出来る。もしかくのごとき人にしてたとい非倫のことを為したとしても、その人はやはり専門については一人前の分をなしたものといわねばならぬ。しかるにこの人は果たして人として一人並みであるや否やにいたっては疑問であるといわねばならぬ。 しからば一人前の人となるのと、一人前の仕事をするのとはまったく別であろうか。人としては不具者であるも、仕事をして衆に優れたならば、それで甘んじて死すべきか。この問題になるとおそらく人々の考えに大分の相違があるであろう。今日のごとく功利的思想のさかんなる時代においては、人となりは一人前ならなくとも、仕事の効果さえ挙ぐるを得ば人として生まれ来た甲斐ありと信じ、仕事に重きを置いて人となりを顧みぬであろうが、しかし真に偉大なる効果を挙ぐる仕事師は、その人格においても人並み以上たらねばならぬことがだんだんに分かって来はせぬか。 「文は人なり」 というが、人格を示すもの豈に独り文のみならんやで、政治も人なり、実業も人なり、学問も人なり、人を措いては事もなく業もない。一人前の仕事を為し遂げんと欲する者はあらかじめ一人前の人となることを心がくべきものと思う。一人前の仕事さえ出来れば、一人前の人なりとは断定し難きものでなかろうかとは、僕の常に疑うところである。 これを譬えていえば、ここに数多の器があるとする。これらの器――仮りに徳利とすればその仕事は水を入れるにある。そしていずれもその容積は異なっている。大きいものは一石も容るれば小さきものは一勺も容れ得ぬ。しかしいかに小なるも玩具にあらざる限りは、皆ひとかどの徳利と称する。ただ何の実用にもならぬほど小さければ徳利一本といわずに玩具一つと呼び做す。してみれば徳利の徳利たる所以はある最小限以上の容積すなわち分量すなわち仕事にあると思わるれども、分量の多寡には大差がある。人も同じく多数の者が同種類の仕事に従事していても、仕事の能率の上に非常なる差があっても、白痴でなければ、みな一人前と算えらるるであろう。
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論衡・『論衡』謝短篇第三十六・互いを責め、己の欠けを悟らず夫れ儒生は一経を説くこと能くして、自ら大道に通ずと謂いて文吏に驕る。文吏は簿書に暁かにして、自ら文は害無しと謂いて儒生を戯る。各々満を持して自ら臧しとし、彼を非として我を是とし、短と為す所を知らず、己の未だ足らざるを悟らず。
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『講孟余話』盡心上 第四十六章今更云ふも事新しけれども、道の大本を云はば、人と生れては人たる所以を知り、五倫を明らかにし、皇国に居ては皇国の体を知り、本藩に仕へては本藩の体を知り、以て根基を建て、扨て其の上にて人々各其の職掌を治むべし。儒官は経史を博覧精究し、天文家は天文、地理家は地理、医家は医術、画家は画法、又弓馬刀槍銃砲、各其の技芸を以て専攻の家業とする者は、更に其の精妙を究め、其の他士は士、農は農、工は工、商は商、皆其の職掌を治むるなり。斯くの如く大小綱目井然と画定する上は、西洋究理学の如きも亦自ら世に廃すべきに非ず。而して又瑣小の事を以て聖人を誹議するに至らぬなり。是れ則ち仁智の極功なり。然らずして惑ふ者は、西洋名物分析等の学を以て修身治国の教への上に加へ、憎む者は或いは其の学を外道邪魔として一切に拒絶する、皆此の章を読まざるなり。
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『政談』儒者の事此の外兵学は江家の家に伝へて、八幡太郎も大江匡房より兵学を伝へたまへり、当時も詩文章律和学兵学数学書学と八色ほどに分け、御家の儒者とも何れとも思ひ寄次第に此の内を一色つゝは請取り、子供にも教へ御用に立つやうに心掛くへしと仰渡され度こと也、経学は家業なれは、御催促に不及ことなり、其の筋々の請取り次第に御蔵の書籍をも御貸し、一色成就して御用にもたゝば芸料をも下され規摸なるやうにあらは、何れも御用に立つやうに成へし、白人の学問も是につれて御用に立つ筋に成へし、何れも何の用にもたゝず、心法のけしき理非の争など、無用の学問とすべし、
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『呻吟語』外篇・治道・仕學を一事と為す世に全才無きこと久し。人を用ふる者は各おの其の長に因らば可なり。夫れ目は聽く能はず、耳は視る能はず、鼻は食らふ能はず、口は臭ぐ能はざるは、勢なり。今の人を用ふるは其の才の堪ふる所、資格の及ぶ所を審らかにせずして、雜然として之を授く。方に會計を司り、輒ち刑名を理む。既に文銓を典り、又た兵柄を握る。之を養ふに其の道を得ず、之を用ふるに其の才に當たらず。之を受くる者は但だ美秩を悅びて自ら量らず。此れを以て事を濟すを求むるは、豈に難からずや。夫れ公綽は但だ老に宜しくして、裨諶は邑を謀る可からず。今の人才豈に能く古昔に倍蓗せんや。愚以為へらく、學校の士を養ひ、科目の人を進むるは、便ち當に溫公の條議の如く、分かちて數科と為し、各おの其の才の近き所を學ばしめ、而して質性英發にして能く眾長を奮ふ者は特に全才一科を設け、其の官を授くるに及びて、各おの長ずる所に任ずべし。夫れ資に近き所有り、習に通ずる所有らば、之を政事に施すに、必ず觀る可き有らん。蓋し古は仕學を以て一事と為し、今日は體用を分かちて兩截と為す。草澤に窮居しては、止だ詞章を事とし、一たび廟廊に入りて、方めて政事を學ぶ。明敏の才、英達の識有りと雖も、豈に能く政を觀ること數月にして便ち每事盡く善きを得んや。鹵莽の施設、鶻突の支吾を免れず。苟しくも大いに敗れずんば、輒ち遷升を得。此れを以て人を用ふれば、堯舜と雖も治まらず。夫れ古の體を明らかにするや適用の才を養ひ、君に致し民を澤すの術は固より已に畎畝の中に熟す。苟しくも能く我を用ふる者あらば、此れを執りて以て往くのみ。今の學校は、流涕す可きなり。