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論語と算盤 / 立志と学問・君子の争ひたれ

私が絶対に謂ゆる円満な人間でない、相応に角もあり、円満ならざる甚だ不円満な所もある人物たることを証明するに足る……証明といふ語を用ゐるも少し異様だが……実際を一寸談して見やうかと思ふ、私は勿論、少壮の頃より腕力に訴へて他人と争ふ如きことをした覚えはない、併し若い時分には今日と違つて、容貌などにも余程強情らしい所もあつたもので、随つて他人の眼からは今日よりも容易に争ひをしさうに見えたものかも知れぬ、尤も私の争は、若い時分から、総て議論の上、権利の上での争ひで腕力に流れた経験は未だ曾て一度もない。

新字:私が絶対に謂ゆる円満な人間でない、相応に角もあり、円満ならざる甚だ不円満な所もある人物たることを証明するに足る……証明といふ語を用ゐるも少し異様だが……実際を一寸談して見やうかと思ふ、私は勿論、少壮の頃より腕力に訴へて他人と争ふ如きことをした覚えはない、併し若い時分には今日と違つて、容貌などにも余程強情らしい所もあつたもので、随つて他人の眼からは今日よりも容易に争ひをしさうに見えたものかも知れぬ、尤も私の争は、若い時分から、総て議論の上、権利の上での争ひで腕力に流れた経験は未だ曽て一度もない。

書き下し

私が絶対にいわゆる円満な人間でない、相応に角もあり、円満ならざる甚だ不円満な所もある人物たることを証明するに足る……証明という語を用いるも少し異様だが……実際をちょっと談して見ようかと思う。私はもちろん、少壮の頃より腕力に訴えて他人と争うごときことをした覚えはない。しかし若い時分には今日と違って、容貌などにもよほど強情らしい所もあったもので、したがって他人の眼からは今日よりも容易に争いをしそうに見えたものかも知れぬ。もっとも私の争いは、若い時分から、すべて議論の上、権利の上での争いで腕力に流れた経験はいまだかつて一度もない。

現代語訳

私が決していわゆる円満な人間ではなく、それなりに角もあり、円満でない、はなはだ不円満なところもある人物であることを証明するに足る——証明という言葉を使うのも少し妙だが——実際の出来事を、ちょっと話してみようかと思う。私はもちろん、若いころから腕力に訴えて他人と争うようなことをした覚えはない。しかし若いころは今と違って、顔つきなどにもよほど強情そうなところがあったもので、そのため他人の目には、今よりもたやすく争いをしそうに見えたのかもしれない。もっとも私の争いは、若いころから、すべて議論のうえ、権利のうえでの争いであって、腕力に流れた経験はいまだかつて一度もない。

解説

実例に入る前の前置きだが、ここで争いの種類が区別されている点が大切である。渋沢の争いは若いころから「総て議論の上、権利の上」のもので、腕力に流れたことは一度もない、と言う。争うことと暴力をふるうことは別物だ、という線引きである。証明という語を使うのは少し異様だが、と断りを挟むあたりには、自分の武勇伝を語る気恥ずかしさもにじんでいる。若い頃は強情な顔つきで、争いそうに見えたかもしれない、という自己描写も率直だ。君子の争いとは、相手を打ち負かすことではなく、理と権利をめぐって一歩も退かないことである。組織の中で意見がぶつかるとき、議論の土俵から降りずに争えるかどうかが問われる。感情や力に訴えた時点で、正しい側も負けになるからである。

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