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論語と算盤 / 処世と信条・時期を待つの要あり

苟くも人と生れ――殊に青年時代に於て、絶対に争を避けやうとする如き卑屈の根性では、到底進歩する見込も発達する見込もなく、また社会進運の上にも争の必要であることは、言ふまでもないのであるが、争を強て避けぬと同時に、時期の到来を気長に待つといふことも、処世の上には必要欠くべからざるものである。私は今日とても勿論、争はざるべからざる所は争ひもするが、半生以上の長い間の経験によつて、些か悟つた所があるので、若い時に於けるが如くに、争ふことを余り多く致さぬやうになつたかの如くに自分ながら思はれる。

書き下し

いやしくも人と生まれ――ことに青年時代において、絶対に争いを避けようとするごとき卑屈の根性では、到底進歩する見込みも発達する見込みもなく、また社会進運の上にも争いの必要であることは、言うまでもないのであるが、争いをしいて避けぬと同時に、時期の到来を気長に待つということも、処世の上には必要欠くべからざるものである。私は今日とてももちろん、争わざるべからざるところは争いもするが、半生以上の長い間の経験によって、いささか悟ったところがあるので、若い時におけるがごとくに、争うことをあまり多く致さぬようになったかのごとくに自分ながら思われる。

現代語訳

かりにも人として生まれ、とくに青年時代に、争いを絶対に避けようとするような卑屈な根性では、とうてい進歩する見込みも発達する見込みもない。また社会の進歩のうえでも争いが必要であることは言うまでもない。しかし、争いを無理に避けないと同時に、時期の到来を気長に待つということも、世を渡るうえで欠くことのできないものである。私は今日でも、もちろん争わなければならないところでは争いもするが、半生以上の長い経験によって多少悟ったところがあるので、若いころのようには争うことをあまりしなくなったように、自分でも思われる。

解説

時期を待つの要あり、の章の書き出しである。渋沢はまず、争いを絶対に避けようとするのは卑屈な根性であり、そんな青年に進歩の見込みはないと断じる。そのうえで、争いを避けないことと、時期の到来を気長に待つことは、どちらも処世に欠かせないと二つを並べる。若いころの渋沢は、尊王攘夷に燃えて高崎城の乗っ取りと横浜の焼き討ちを企てたほどの激しい人だった。その人が、長い経験によって争うことが少なくなったと自ら認めている。争うべきところでは今も争うと明言している。変わったのは、争いの効き目がどこにあり、どこにないかを見分ける目である。若さの勢いで何にでも噛みつくことと、何も言わずに黙ることのあいだに、時機を見るという第三の道がある。それを身につけるには経験が要る、というのが渋沢の述懐である。

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