論語と算盤 / 処世と信条・時期を待つの要あり
苟くも人と生れ――殊に青年時代に於て、絶対に争を避けやうとする如き卑屈の根性では、到底進歩する見込も発達する見込もなく、また社会進運の上にも争の必要であることは、言ふまでもないのであるが、争を強て避けぬと同時に、時期の到来を気長に待つといふことも、処世の上には必要欠くべからざるものである。私は今日とても勿論、争はざるべからざる所は争ひもするが、半生以上の長い間の経験によつて、些か悟つた所があるので、若い時に於けるが如くに、争ふことを余り多く致さぬやうになつたかの如くに自分ながら思はれる。
書き下し
いやしくも人と生まれ――ことに青年時代において、絶対に争いを避けようとするごとき卑屈の根性では、到底進歩する見込みも発達する見込みもなく、また社会進運の上にも争いの必要であることは、言うまでもないのであるが、争いをしいて避けぬと同時に、時期の到来を気長に待つということも、処世の上には必要欠くべからざるものである。私は今日とてももちろん、争わざるべからざるところは争いもするが、半生以上の長い間の経験によって、いささか悟ったところがあるので、若い時におけるがごとくに、争うことをあまり多く致さぬようになったかのごとくに自分ながら思われる。
現代語訳
かりにも人として生まれ、とくに青年時代に、争いを絶対に避けようとするような卑屈な根性では、とうてい進歩する見込みも発達する見込みもない。また社会の進歩のうえでも争いが必要であることは言うまでもない。しかし、争いを無理に避けないと同時に、時期の到来を気長に待つということも、世を渡るうえで欠くことのできないものである。私は今日でも、もちろん争わなければならないところでは争いもするが、半生以上の長い経験によって多少悟ったところがあるので、若いころのようには争うことをあまりしなくなったように、自分でも思われる。
解説
関連する章句
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『論語と算盤』処世と信条・時期を待つの要ありこれは世の中のことは、かくすれば必ずかくなるものである、という因果の関係をよく呑込んでしまって、既にある事情が因をなしてある結果を生じてしまっているところに、突然横から現れて形勢を転換しようとし、いかに争って見たところが、因果の関係は俄にこれを断ち得るものでなく、ある一定の時期に達するまでは、人力で到底形勢を動かし得ざるものであることに想い到ったからである。人が世の中に処して行くのには、形勢を観望して気長に時期の到来を待つということも、決して忘れてはならぬ心懸けである。正しきを曲げんとするもの、信ずる所を屈せしめんとする者あらば、断じてこれと争わねばならぬ、と青年子弟諸君に勧めるかたわら、私はまた気長に時期の到来を待つの忍耐もなければならぬことを、ぜひ青年子弟諸君に考えて置いてもらいたいのである。
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『論語と算盤』処世と信条・時期を待つの要ありこれらの点は、私が今日において極力争って見たいと思うところだが、たといいかに私が争ったからとて、ある時期の到来するまでは、到底大勢を一変するわけにゆかぬものと考えているので、目下のところ私は、折に触れ不平を洩らすぐらいに止め、あえて争わず、時期を待っているのである。
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『論語と算盤』立志と学問・君子の争ひたれ私が絶対にいわゆる円満な人間でない、相応に角もあり、円満ならざる甚だ不円満な所もある人物たることを証明するに足る……証明という語を用いるも少し異様だが……実際をちょっと談して見ようかと思う。私はもちろん、少壮の頃より腕力に訴えて他人と争うごときことをした覚えはない。しかし若い時分には今日と違って、容貌などにもよほど強情らしい所もあったもので、したがって他人の眼からは今日よりも容易に争いをしそうに見えたものかも知れぬ。もっとも私の争いは、若い時分から、すべて議論の上、権利の上での争いで腕力に流れた経験はいまだかつて一度もない。
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『論語と算盤』立志と学問・君子の争ひたれいやしくも正しい道をあくまで進んで行こうとすれば、絶対に争いを避けることは出来ぬものである。絶対に争いを避けて世の中を渡ろうとすれば、善が悪に勝たれるようなことになり、正義が行われぬようになってしまう。私は不肖ながら、正しい道に立ってなお悪と争わず、これに道を譲るほどに、いわゆる円満な腑甲斐のない人間でないつもりである。人間にはいかに円くとも、どこかに角が無ければならぬもので、古歌にもあるごとく、あまり円いとかえって転びやすいことになる。
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『論語と算盤』処世と信条・争ひの可否世間には争いを絶対に排斥し、いかなる場合においても争いをするということはよろしくない、『人もしなんじの右の頬を打たば、左の頬をも向けよ』などと説く者もある。こんな次第で、他人と争いをするということは、処世上に果たして利益になるものだろうか、はたまた不利益を与えるものだろうか。この実際問題になれば、随分人によって意見が異なることだろうと思う。争いは決して排斥すべきでないと言うものがあるかと思えば、また絶対に排斥すべきものだと考えている人もある。私一己の意見としては、争いは決して絶対に排斥すべきものでなく、処世の上にも甚だ必要のものであろうかと信ずるのである。私に対し、世間ではあまりに円満過ぎる、などとの非難もあるらしく聞き及んでいるが、私はみだりに争うごとき事こそせざれ、世間の皆様たちがお考えになっているごとく、争いを絶対に避けるのを処世唯一の方針と心得ているほどに、そう円満な人間でもない。
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『論語と算盤』立志と学問・大正維新の覚悟青年時代は血気時代であるから、その血気を善用して後日の幸福の基となることであれば、あくまでこれを発揮して、とかく保守に流れ、因循に陥りやすい老人をして、危険を感ぜしむるくらいに活動してもらいたいのである。
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