論語と算盤 / 立志と学問・君子の争ひたれ
私も絶対に争ひをせぬ人間であるかのやうに解せらる〻人も、世間に少なからぬやうに見受けるが、私は勿論、好んで他人と争ふことこそせざれ、全く争ひをせぬといふではない、
書き下し
私も絶対に争いをせぬ人間であるかのように解せらるる人も、世間に少なからぬように見受けるが、私はもちろん、好んで他人と争うことこそせざれ、全く争いをせぬというではない。
現代語訳
私のことを、絶対に争いをしない人間であるかのように受け取っている人も、世間には少なくないように見受けられる。しかし私は、もちろん好んで他人と争うことこそしないが、まったく争いをしないというわけではない。
解説
「君子の争ひたれ」の章の書き出しである。章の題は『論語』八佾篇の「君子は争ふ所無し」に続く「其の争ひや君子なり」を踏まえ、君子であっても争うべき時は争え、という意味を込めたものと読める。渋沢は世間で、争いを好まない温厚な調停役と見られていた。数多くの会社の設立に関わり、利害の対立する人々の間に立ってまとめる役を長く務めたからである。その自分について、好んで争いはしないが、争わないわけではない、とまず断る。温厚という評判を受け入れながら、それが全部ではないと言うのである。争いを避けることと、争いを好まないことは違う。後者は品性だが、前者は時に怠慢になる。この短い一句は、以下に続く「円満」批判の予告になっている。
関連する章句
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『論語と算盤』立志と学問・君子の争ひたれいやしくも正しい道をあくまで進んで行こうとすれば、絶対に争いを避けることは出来ぬものである。絶対に争いを避けて世の中を渡ろうとすれば、善が悪に勝たれるようなことになり、正義が行われぬようになってしまう。私は不肖ながら、正しい道に立ってなお悪と争わず、これに道を譲るほどに、いわゆる円満な腑甲斐のない人間でないつもりである。人間にはいかに円くとも、どこかに角が無ければならぬもので、古歌にもあるごとく、あまり円いとかえって転びやすいことになる。
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『論語と算盤』立志と学問・君子の争ひたれ私が絶対にいわゆる円満な人間でない、相応に角もあり、円満ならざる甚だ不円満な所もある人物たることを証明するに足る……証明という語を用いるも少し異様だが……実際をちょっと談して見ようかと思う。私はもちろん、少壮の頃より腕力に訴えて他人と争うごときことをした覚えはない。しかし若い時分には今日と違って、容貌などにもよほど強情らしい所もあったもので、したがって他人の眼からは今日よりも容易に争いをしそうに見えたものかも知れぬ。もっとも私の争いは、若い時分から、すべて議論の上、権利の上での争いで腕力に流れた経験はいまだかつて一度もない。
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『論語と算盤』立志と学問・君子の争ひたれしかしその出納局長なる男は、ごうも私の言に耳を貸さぬのみか、二言三言言い争った末、満面はあたかも朱を注げるごとく紅くなって、直ちに拳固を振り上げ、私を目がけて打ってかかって来たのである。
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『論語と算盤』立志と学問・君子の争ひたれ私は世間で覧らるるほどに、決していわゆる円満の人間ではない。一見いわゆる円満のようでも、実際はどこかにいわゆる円満でない所があろうと思う。若い時分にはもとよりそうであったが、七十の坂を越した今日といえども、私の信ずる所を動かしこれを覆そうとする者が現るれば、私は断々乎としてその人と争うことを辞せぬのである。私が信じて自ら正しいとする所は、いかなる場合においても決して他に譲ることをせぬ。ここが私のいわゆる円満でない所だと思う。人には老いたると若いとの別なく、誰にでもこれだけの不円満な所がぜひあってほしいものである。しからざれば人の一生もまったく生き甲斐のない無意味なものになってしまう。いかに人の品性は円満に発達せねばならぬものであるからとて、あまりに円満になり過ぎると、過ぎたるはなお及ばざるがごとしと、論語の先進篇にも孔夫子が説かれている通りで、人として全く品位のないものになる。
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『論語と算盤』処世と信条・争ひの可否世間には争いを絶対に排斥し、いかなる場合においても争いをするということはよろしくない、『人もしなんじの右の頬を打たば、左の頬をも向けよ』などと説く者もある。こんな次第で、他人と争いをするということは、処世上に果たして利益になるものだろうか、はたまた不利益を与えるものだろうか。この実際問題になれば、随分人によって意見が異なることだろうと思う。争いは決して排斥すべきでないと言うものがあるかと思えば、また絶対に排斥すべきものだと考えている人もある。私一己の意見としては、争いは決して絶対に排斥すべきものでなく、処世の上にも甚だ必要のものであろうかと信ずるのである。私に対し、世間ではあまりに円満過ぎる、などとの非難もあるらしく聞き及んでいるが、私はみだりに争うごとき事こそせざれ、世間の皆様たちがお考えになっているごとく、争いを絶対に避けるのを処世唯一の方針と心得ているほどに、そう円満な人間でもない。
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『論語と算盤』理想と迷信・人生観の両面換言すれば、それが孔子の処世上の覚悟であるが、余もまた人生の意義はかくあるべき筈だと思う。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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