論語と算盤 / 立志と学問・君子の争ひたれ
苟くも正しい道を飽くまで進んで行かうとすれば、絶対に争ひを避けることは出来ぬものである、絶対に争ひを避けて世の中を渡らうとすれば、善が悪に勝たれるやうなことになり、正義が行はれぬやうになつて了ふ、私は不肖ながら、正しい道に立つて尚ほ悪と争はず、之に道を譲るほどに、謂ゆる円満な腑甲斐のない人間でない積りである、人間には如何に円くとも、何所かに角が無ければならぬもので、古歌にもある如く、余り円いと却つて転び易いことになる。
書き下し
いやしくも正しい道をあくまで進んで行こうとすれば、絶対に争いを避けることは出来ぬものである。絶対に争いを避けて世の中を渡ろうとすれば、善が悪に勝たれるようなことになり、正義が行われぬようになってしまう。私は不肖ながら、正しい道に立ってなお悪と争わず、これに道を譲るほどに、いわゆる円満な腑甲斐のない人間でないつもりである。人間にはいかに円くとも、どこかに角が無ければならぬもので、古歌にもあるごとく、あまり円いとかえって転びやすいことになる。
現代語訳
かりにも正しい道をあくまで進もうとするなら、争いを絶対に避けることはできない。争いを絶対に避けて世を渡ろうとすれば、善が悪に負けるようなことになり、正義が行われなくなってしまう。私は微力ながら、正しい道に立ちながらなお悪と争わず、道を譲ってしまうほど、いわゆる円満で不甲斐ない人間ではないつもりだ。人間はどれほど円くても、どこかに角がなければならない。古い歌にもあるとおり、あまり円すぎるとかえって転びやすいのである。
解説
渋沢は世間から円満な人物と見られていた。この章はそれへの反論である。円満すぎれば善が悪に負ける、だから自分には角がある、と言う。七十を越えた今も、信じるところを覆そうとする者が現れれば断固として争う、と。章の後半には実例が置かれる。大蔵省時代、渋沢の入れた西洋式簿記に反対する出納局長が、自分の過失を棚に上げて総務局長室へ怒鳴り込み、ついに拳を振り上げた。渋沢は身をかわして数歩下がり「此所は御役所でござるぞ、車夫馬丁の真似をすることは許しませんぞ」と一喝した。腕力で応じず、しかし退かない。君子の争いとはこの形だ、という章である。
この章句が説くこと
君子の争い円満と角過ぎたるは猶及ばざるが如し正しい道