論語と算盤 / 立志と学問・秀吉の長所と短所
乱世の豪傑が礼に嫻はず、兎角家道の斉はぬ例は、単に明治維新の際に於ける今日の謂ゆる元老ばかりでは無い、何れの時代に於ても、乱世には皆爾うしたものである、私なぞも家道が斉つてると口はばつたく申上げて誇り得ぬ一人であるが、かの稀世の英雄豊太閤などが、矢張礼に嫻はず、家道の斉はなかつた随一人である、素より賞むべきではないが、乱世に生ひ立つたものには、どうも斯んな事も致し方のない次第で、余り酷には責むべきでも無からうと思ふ、
書き下し
乱世の豪傑が礼にならわず、とかく家道の斉わぬ例は、単に明治維新の際における今日のいわゆる元老ばかりではない。いずれの時代においても、乱世には皆そうしたものである。私なども家道が斉ってると口はばったく申し上げて誇り得ぬ一人であるが、かの稀世の英雄豊太閤などが、やはり礼にならわず、家道の斉わなかった随一人である。もとより賞むべきではないが、乱世に生い立ったものには、どうもこんな事も致し方のない次第で、あまり酷には責むべきでもなかろうと思う。
現代語訳
乱世の豪傑が礼儀作法になじまず、とかく家庭の秩序が整わない例は、明治維新の際に活躍した、今日のいわゆる元老たちばかりではない。いつの時代でも、乱世にはみなそうしたものである。私なども、家庭がよく整っているなどと大きな口をきいて誇ることのできない一人であるが、あの稀代の英雄、豊臣秀吉などは、やはり礼になじまず、家庭の整わなかった第一の人である。もとより褒められたことではないが、乱世に生まれ育った者には、どうもこうしたことも致し方のないことであって、あまり厳しく責めるべきでもないだろうと思う。
解説
秀吉論の入り口で、渋沢はまず短所から話を始め、しかも自分をその中に入れている。乱世の豪傑は礼に疎く、家庭が整わない。維新の元老たちもそうだし、私も家道が斉っているとは言えない、と。渋沢の私生活にも家庭の乱れがあったことは当時から知られており、ここは謙遜というより率直な自己申告と読める。『大学』の修身斉家治国平天下の順で言えば、家を斉えることは国を治める前段にあたる。儒学を重んじる渋沢が、その斉家で秀吉と自分を同列に置いたうえで「余り酷には責むべきでも無からう」と言うのは、甘さではなく、人物を一面で断じないための前置きである。短所を認めてこそ長所の評価が信用される。人を評するときの順序として、今も参考になる。
関連する章句
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『論語と算盤』立志と学問・秀吉の長所と短所しかし豊太閤にもし最も大きな短所があったとすれば、それは家道の斉わなかった事と、機略があっても経略が無かった事とである。もしそれ豊太閤の長所はと言えば、申すまでもなく、その勉強、その勇気、その機智、その気概である。かく列挙した秀吉の長所の中でも、長所中の長所とも目すべきものは、その勉強である。私は秀吉のこの勉強に衷心より敬服し、青年子弟諸君にも、ぜひ秀吉のこの勉強を学んでもらいたく思うのである。事の成るは成るの日に成るにあらずして、その由来する所や必ず遠く、秀吉が稀世の英雄に仕上がったのは、ひとえにその勉強にある。
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『論語と算盤』立志と学問・秀吉の長所と短所秀吉が木下藤吉と称して信長に仕え、草履取をしていた頃、冬になれば藤吉の持ってた草履は、常にこれを懐中に入れて暖めておいたので、いつでも温かかったというが、こんな細かな事にまで亘る注意はよほどの勉強でないと、到底行き届かぬものである。また信長が朝早く外出でもしようとする時に、まだ供揃いの衆が揃う時刻でなくっても、藤吉ばかりはいつでも信長の声に応じてお供をするのが例であったと伝えられているが、これなども秀吉の非凡なる勉強家たりしを語るものである。
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人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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