論語と算盤 / 立志と学問・秀吉の長所と短所
然し豊太閤に若し最も大きな短所があつたとすれば、それは家道の斉はなかつた事と、機略があつても経略が無かつた事とである、若し夫れ豊太閤の長所はと云へば、申すまでもなく、その勉強、その勇気、その機智、その気槩である。此く列挙した秀吉の長所の中でも、長所中の長所とも目すべきものは、その勉強である、私は秀吉の此の勉強に衷心より敬服し、青年子弟諸君にも、是非秀吉の此の勉強を学んで貰ひたく思ふのである、事の成るは成るの日に成るに非ずして、その由来する所や必ず遠く、秀吉が稀世の英雄に仕上がつたのは、一にその勉強にある。
書き下し
しかし豊太閤にもし最も大きな短所があったとすれば、それは家道の斉わなかった事と、機略があっても経略が無かった事とである。もしそれ豊太閤の長所はと言えば、申すまでもなく、その勉強、その勇気、その機智、その気概である。かく列挙した秀吉の長所の中でも、長所中の長所とも目すべきものは、その勉強である。私は秀吉のこの勉強に衷心より敬服し、青年子弟諸君にも、ぜひ秀吉のこの勉強を学んでもらいたく思うのである。事の成るは成るの日に成るにあらずして、その由来する所や必ず遠く、秀吉が稀世の英雄に仕上がったのは、ひとえにその勉強にある。
現代語訳
しかし豊臣秀吉に最も大きな短所があったとすれば、それは家の内が整わなかったことと、その場の機略はあっても長い構想がなかったことである。では長所はといえば、言うまでもなく、その勉強、その勇気、その機知、その気概だ。こう並べた秀吉の長所のなかでも、長所中の長所と言うべきは勉強である。私は秀吉のこの勉強に心から敬服しており、若い人たちにも、ぜひこの勉強を学んでほしいと思う。事が成るのは成った日に成るのではなく、その由来するところは必ず遠い。秀吉が稀代の英雄に仕上がったのは、ひとえにその勉強による。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
言志四録・言志晩録 別存 第七条 進講の前日は心斎す公進講有る毎に、前一日心斎して家に在り。緊要急務有るに非ざれば、則ち客来るも面せず。蓋し此くの如くならざれば、則ち講に臨みて以て主聴を竦ましむるに足らず。余竊かに敬服す。
-
司馬法・定爵教えは惟(こ)れ豫(あらかじ)め、戦いは惟れ節(せつ)。
-
うひ山ぶみ・第六段まことに然あるべきことにて、その学のしなを正し、まなびやうの法をも正して、ゆくさきよこさまなるあしき方に落チざるやう、又其業のはやく成るべきやう、すべて功多かるべきやうを、はじめよりよくしたゝめて、入らまほしきわざ也、
-
『甲陽軍鑑』品第十四惣別信玄公の合戦は働き前へに取りかけんと、思ふ国のゑづをもつて、各守侍大将打ち寄り、其国の嶮難の塲をさたして、一の手·二の手·横鎗·脇備·後備·小荷駄奉行所に依りてまほる旗遊軍·押勢などゝ申す事わり候ひて、卒爾にがけなどへころびおつる儀いづかたにても、さのみ無之、左様にいたすを甲州の軍法といふ、但しかり田などにゆき人夫の一二人は在々などにて、自然穴へおつることも有るべし、味方が原合戦の刻みがけへ落ちたる武田武者一人もなく候、家康武者もみだりに北たる衆なければ、結句馬塲美濃守は浜松衆の体皆勝負をして死する故、此方へ向きたると信玄公御前にて家康衆をあさからずほめ候、信長衆佐久間右衛門は合戦にあはず浜松の城に迯げ入り、其外六七手は其夜に吉田岡崎迄落ちつるときく、是れは味方が原の儀馬をいるゝと云ふに付ての事、
-
孫子・形篇是の故に勝兵はまず勝ちて後に戦い、敗兵はまず戦いて後に勝ちを求む。
-
『呻吟語』内篇・談道・權は豫め設く可からず事に豫めして立つ有り、亦た豫めして廢るる者有り。吾れ曾て豫めして以て待つ有りしも、事に臨みて鑿枘合はず、竟に棄擲と成る者あり。所謂る權は豫め設く可からず、變は先に圖る可からずとは、又た一を執りて論じ難きなり。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る