論語と算盤 / 立志と学問・秀吉の長所と短所
然し豊太閤に若し最も大きな短所があつたとすれば、それは家道の斉はなかつた事と、機略があつても経略が無かつた事とである、若し夫れ豊太閤の長所はと云へば、申すまでもなく、その勉強、その勇気、その機智、その気槩である。此く列挙した秀吉の長所の中でも、長所中の長所とも目すべきものは、その勉強である、私は秀吉の此の勉強に衷心より敬服し、青年子弟諸君にも、是非秀吉の此の勉強を学んで貰ひたく思ふのである、事の成るは成るの日に成るに非ずして、その由来する所や必ず遠く、秀吉が稀世の英雄に仕上がつたのは、一にその勉強にある。
書き下し
しかし豊太閤にもし最も大きな短所があったとすれば、それは家道の斉わなかった事と、機略があっても経略が無かった事とである。もしそれ豊太閤の長所はと言えば、申すまでもなく、その勉強、その勇気、その機智、その気概である。かく列挙した秀吉の長所の中でも、長所中の長所とも目すべきものは、その勉強である。私は秀吉のこの勉強に衷心より敬服し、青年子弟諸君にも、ぜひ秀吉のこの勉強を学んでもらいたく思うのである。事の成るは成るの日に成るにあらずして、その由来する所や必ず遠く、秀吉が稀世の英雄に仕上がったのは、ひとえにその勉強にある。
現代語訳
しかし豊臣秀吉に最も大きな短所があったとすれば、それは家の内が整わなかったことと、その場の機略はあっても長い構想がなかったことである。では長所はといえば、言うまでもなく、その勉強、その勇気、その機知、その気概だ。こう並べた秀吉の長所のなかでも、長所中の長所と言うべきは勉強である。私は秀吉のこの勉強に心から敬服しており、若い人たちにも、ぜひこの勉強を学んでほしいと思う。事が成るのは成った日に成るのではなく、その由来するところは必ず遠い。秀吉が稀代の英雄に仕上がったのは、ひとえにその勉強による。
解説
「機略があつても経略が無かつた」——秀吉評として鋭い。その場を切り抜ける才はあったが、国をどう組み立てるかの長期構想がなかった、という診断である。一方で渋沢が最上位に置く長所は、勇気でも機知でもなく勉強だった。この章で挙がる証拠は具体的だ。冬の草履を懐で温めた話。本能寺の変から光秀を討つまでわずか十三日で、備中で毛利と和し、兵器も兵も借りて京へ引き返した中国大返し。渋沢はこれを英雄の閃きではなく、日ごろの手回しの結果と読む。「事の成るは成るの日に成るに非ず」。当日の見事さは、その前の平凡な準備がすべてだという見方である。
この章句が説くこと
機略と経略長所中の長所は勉強中国大返し事の成るは成るの日に成るに非ず