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論語と算盤 / 処世と信条・得意時代と失意時代

凡そ人の禍は多くは得意時代に萠すもので、得意の時は誰しも調子に乗るといふ傾向があるから、禍害は此の欠陥に喰ひ入るのである、されば人の世に処するには此点に注意し、得意時代だからとて気を緩さず、失意の時だからとて落胆せず、常操を以て道理を蹈み通すやうに心掛けて出ることが肝要である、其れと共に考へねばならぬことは大事と小事とに就て〻゙ある、失意時代なら小事も尚ほ能く心するものであるが、多くの人の得意時代に於ける思慮は全く其れと反し、『なにこれしきのこと』と云つたやうに、小事に対しては殊に軽侮的の態度を取り勝ちである、併しながら得意時代と失意時代とに拘はらず、常に大事と小事とに就ての心掛を緻密にせぬと、思はざる過失に陥り易いことを忘れてはならぬ。誰でも目前に大事を控へた場合には、之を如何にして処置すべきかと、精神を注いで周密に思案するけれども、小事に対すると之に反し、頭から馬鹿にして不注意の中に之をやり過して了うのが世間の常態である。

書き下し

およそ人の禍は多くは得意時代に萌すもので、得意の時は誰しも調子に乗るという傾向があるから、禍害はこの欠陥に喰い入るのである。されば人の世に処するにはこの点に注意し、得意時代だからとて気を緩さず、失意の時だからとて落胆せず、常操をもって道理を踏み通すように心掛けて出ることが肝要である。それとともに考えねばならぬことは大事と小事とについてである。失意時代なら小事もなおよく心するものであるが、多くの人の得意時代における思慮は全くそれと反し、『なにこれしきのこと』と言ったように、小事に対しては殊に軽侮的の態度を取りがちである。しかしながら得意時代と失意時代とに拘わらず、常に大事と小事とについての心掛けを緻密にせぬと、思わざる過失に陥り易いことを忘れてはならぬ。誰でも目前に大事を控えた場合には、これをいかにして処置すべきかと、精神を注いで周密に思案するけれども、小事に対するとこれに反し、頭から馬鹿にして不注意の中にこれをやり過ごしてしまうのが世間の常態である。

現代語訳

およそ人の災いは、多くは得意の時期に芽生えるもので、得意のときは誰しも調子に乗る傾向があるから、災いはこの隙に食い込むのである。だから世を渡るにはこの点に注意し、得意の時期だからといって気を緩めず、失意のときだからといって落胆せず、常に変わらぬ節操をもって道理を踏み通すよう心がけて臨むことが大切である。それとともに考えなければならないのは、大事と小事についてである。失意の時期なら小事にもよく気を配るものだが、多くの人の得意の時期の考え方はまったくその反対で、「なに、これしきのこと」といったように、小事に対してはとくに侮った態度を取りがちである。しかし、得意の時期か失意の時期かにかかわらず、常に大事と小事についての心がけを緻密にしないと、思いがけない過失に陥りやすいことを忘れてはならない。誰でも目の前に大事を控えたときは、これをどう処置すべきかと精神を注いで綿密に考えるが、小事に対してはその反対で、頭から馬鹿にして不注意のうちにやり過ごしてしまうのが世間の常である。

解説

得意時代と失意時代、の章の書き出しである。禍は多く得意の時に萌す。得意のときは誰でも調子に乗り、その隙に禍が食い入る。だから得意でも気を緩めず、失意でも落胆せず、常操、つまり変わらぬ節操で道理を踏み通せ、と渋沢は言う。そのうえで話を大事と小事に移す。失意のときは小事にも注意を払うが、得意になると「なにこれしきのこと」と小事を侮る。しかも大事には誰でも周到に思案するのに、小事は頭から馬鹿にしてやり過ごすのが世間の常である。業績が好調なときほど、確認の手間を省き、小さな異変を見過ごしやすい。不祥事の多くは、好調期に見逃された小さな兆しから始まっている。順調なときの点検の仕組みこそが、組織を守る。

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