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論語と算盤 / 処世と信条・時期を待つの要あり

私は、日本今日の現状に対しても、極力争つて見たいと思ふことがないでも無い、幾干もある、就中日本の現状で私の最も遺憾に思ふのは官尊民卑の弊が尚だ止まぬことである、官にある者ならば、如何に不都合なことを働いても、大抵は看過せられてしまふ、偶々世間物議の種を作つて、裁判沙汰となつたり、或は隠居をせねばならぬやうな羽目に遇ふ如き場合もないでは無いが、官にあつて不都合を働いて居る全体の者に比較すれば、実に九牛の一毛、大海の一滴にも当らず、官にある者の不都合の所為は、或る程度までは黙許の姿であると云つても、敢て過言ではないほどである。

書き下し

私は、日本今日の現状に対しても、極力争って見たいと思うことがないでもない、いくらもある。なかんずく日本の現状で私の最も遺憾に思うのは官尊民卑の弊がまだ止まぬことである。官にある者ならば、いかに不都合なことを働いても、たいていは看過せられてしまう。たまたま世間物議の種を作って、裁判沙汰となったり、あるいは隠居をせねばならぬような羽目に遇うごとき場合もないではないが、官にあって不都合を働いている全体の者に比較すれば、実に九牛の一毛、大海の一滴にも当たらず、官にある者の不都合の所為は、ある程度までは黙許の姿であると言っても、あえて過言ではないほどである。

現代語訳

私は、今日の日本の現状に対しても、力を尽くして争ってみたいと思うことがないわけではない。いくらでもある。なかでも日本の現状で私が最も残念に思うのは、官尊民卑の弊害がいまだにやまないことである。官にある者なら、どんなに不都合なことをしても、たいていは見逃されてしまう。たまたま世間の物議の種となって裁判沙汰になったり、あるいは隠居しなければならないような羽目に陥ったりする場合もないではないが、官にあって不都合を働いている者全体に比べれば、まさに九牛の一毛、大海の一滴にも当たらない。官にある者の不都合な行いは、ある程度までは黙認されている有様だと言っても、決して言いすぎではないほどである。

解説

渋沢が極力争ってみたいと思うことの筆頭に挙げるのが官尊民卑である。官にある者は不都合を働いても大抵見逃され、処分されるのは九牛の一毛にすぎない。明治・大正の日本では、政府の役人が民間人より一段上に立つという意識が根強く、渋沢は生涯これと闘った。自ら大蔵省を辞して民間に降りたのも、商工業者の地位を引き上げるためであり、東京商法会議所の設立に尽くしたのも同じ線上にある。この段で注目したいのは、渋沢が不満を具体的に述べている点だ。漠然と世を嘆くのではなく、処罰の不公平という事実を指さしている。争うべき対象をはっきり言葉にすることが、時期が来たときに動くための準備になる。権限を持つ側が見逃され、持たない側だけが罰せられる構造は、今日の組織の中にも形を変えて残っていないだろうか。

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