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論語と算盤 / 処世と信条・時期を待つの要あり

これは世の中のことは、斯くすれば必ず斯くなるものである、といふ因果の関係を能く呑込んで了つて、既に或る事情が因をなして或る結果を生じてしまつてる所に、突然横から現はれて形勢を転換しやうとし、如何に争つて見た所が、因果の関係は俄に之を断ち得るものでなく、或る一定の時期に達するまでは、人力で到底形勢を動かし得ざるものであることに想ひ到つたからである、人が世の中に処して行くのには、形勢を観望して気長に時期の到来を待つといふことも、決して忘れてはならぬ心懸である、正しきを曲げんとするもの、信ずる所を屈せしめんとする者あらば、断じて之と争はねばならぬ、青年子弟諸君に勧める傍ら、私はまた気長に時期の到来を待つの忍耐もなければならぬことを、是非青年子弟諸君に考へて置いて貰ひたいのである。

書き下し

これは世の中のことは、かくすれば必ずかくなるものである、という因果の関係をよく呑込んでしまって、既にある事情が因をなしてある結果を生じてしまっているところに、突然横から現れて形勢を転換しようとし、いかに争って見たところが、因果の関係は俄にこれを断ち得るものでなく、ある一定の時期に達するまでは、人力で到底形勢を動かし得ざるものであることに想い到ったからである。人が世の中に処して行くのには、形勢を観望して気長に時期の到来を待つということも、決して忘れてはならぬ心懸けである。正しきを曲げんとするもの、信ずる所を屈せしめんとする者あらば、断じてこれと争わねばならぬ、と青年子弟諸君に勧めるかたわら、私はまた気長に時期の到来を待つの忍耐もなければならぬことを、ぜひ青年子弟諸君に考えて置いてもらいたいのである。

現代語訳

これは、世の中のことはこうすれば必ずこうなる、という因果の関係をよくのみこんだからである。ある事情が原因となって、すでに結果が出てしまっているところへ、突然横から現れて形勢を変えようとしても、因果の関係はにわかに断ち切れるものではない。ある時期が来るまでは、人の力ではとうてい形勢を動かせない——そこに思い至ったのだ。人が世を渡っていくには、形勢を見て気長に時機の到来を待つことも、決して忘れてはならない心がけである。正しいことを曲げようとする者、信じるところを屈服させようとする者がいれば、断固として争わねばならない。若い人たちにそう勧める一方で、私は、気長に時機を待つ忍耐もまた要ることを、ぜひ考えておいてもらいたいのである。

解説

この章は「争うな」と言っているのではない。冒頭で渋沢は、争いを絶対に避けようとするのは卑屈な根性で、進歩も発達も見込めないと切り捨てている。そのうえで、争いと待機を両方持て、と言う。分かれ目は因果である。すでに原因が働いて結果が出ているところへ横から入っても、力ずくでは断ち切れない。動かせるのは時機が来てからだ、と。渋沢自身、官尊民卑の弊風を「極力争つて見たい」と挙げながら、大勢が変わる時期までは不平を漏らす程度にとどめると書いている。曲げられようとしている正義には即座に争う。構造が生んだ結果には時を待つ。この二つを取り違えないための章である。

この章句が説くこと

時期の到来を待つ因果の関係争いの可否官尊民卑

この一句を、あなたの毎日に。

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