論語と算盤 / 処世と信条・論語は万人共通の実用的教訓
人間の勤むべき尊い仕事は到る処にある、官だけが尊いのではないと色々論語などを援いて弁駁し説きつけたのである、そして私は論語を最も瑕瑾のないものと思ふたから、論語の教訓を標準として、一生商売を遣つて見ようと決心した、其れは明治六年の五月のことであつた。
書き下し
人間の勤むべき尊い仕事は到る処にある、官だけが尊いのではないといろいろ論語などを援いて弁駁し説きつけたのである。そして私は論語を最も瑕瑾のないものと思うたから、論語の教訓を標準として、一生商売をやって見ようと決心した。それは明治六年の五月のことであった。
現代語訳
人間が務めるべき尊い仕事はどこにでもある、官だけが尊いのではない、と、いろいろ論語などを引いて反論し、説き伏せたのである。そして私は、論語を最も欠点のないものと思ったから、論語の教訓を基準として、一生商売をやってみようと決心した。それは明治六年五月のことであった。
解説
玉乃との論争の結末と、渋沢の決心が記される短い段である。人間の勤むべき尊い仕事は到る処にある、官だけが尊いのではない。この言葉は、職業に貴賤なしという近代的な職業観の早い表明として読める。そのうえで渋沢は、論語を最も瑕瑾のない書と見て、その教訓を標準に一生商売をすると決めた。明治六年五月という日付をわざわざ記しているのは、これが渋沢にとって人生の分水嶺だったからだろう。この年の六月には第一国立銀行が創立され、渋沢はその総監役に就いている。以後九十一歳で没するまで、彼は官に戻らなかった。後年、大蔵大臣への就任を求められても断っている。一度標準を決めたら動かさないことが、渋沢の信用の源泉になった。自分の仕事の標準を何に置くか、言葉にしておく価値がある。
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人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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